鹿島美術研究 年報第5号
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つ。2.真隈の判断基準としての印章3.壮年期における基準作と画風展開仙厘作品は,多種多様な号による落款と印章を伴う。しかも印章には,偽印も多い。さらに仙厘作品に対する正しい鑑識の障害となっているのは,後印の問題である。この後印の存在から,こと仙厘に関しては,印章は真贋判定の基準にはならないと一部では指摘されてきた。つまり,作品は真作だが,印章はよくないという一連の作品があるのである。しかしながら,これまでの私の調査の範囲では,この後印の作品は80歳代の落款と花押を伴った作品に限られており,その場合の後印は,常に朱文達磨型印「仙厘」である。従って壮年期においては,贋作は常に偽印を伴う。さらに壮年期においては,印章を伴わない作品は,皆無といってよい。であるから,仙厘作品の真贋の判定は,晩年の作品を除いて,印章がひとつの基準になると考えられ,今回の基準作の確定は,この印章の研究を主な判断基準とした。次に調査結果から得られた基準印を一覧にまとめてあげておこう。(別表1参照)さらに,作品に年紀銘があったり,制作年を確定する傍証資料があることは,仙厘の壮年期においてはごく希である。つまりほとんどの作品は正確な制作年が不明で,基準作を数多く選定することは困難である。であるから,仙厘の画風展開をたどろうとする時,様式によるおよその制作時期の想定をより確実なものとするためにも,基準印の使用時期は重要な指標となる。であるから,調査結果をもとに推定した基準印の使用時期も表に加えておいた。以上の印章に関する調査研究結果に基づき,また今回の調査で新たに発見した未紹介の作品の幾つかをあげながら,試みに仙厘壮年期における画風展開をたどってみよまず第1にあげたい作品は,福島市黒岩の満願寺に伝わった「僧侶射姿図」(仮題)である。この作品は上部に「厘の落款とともにこれまでは全く知られていなかった白文円印「仙崖」を押す。30歳代,仙厘は近江,東海から奥羽に及ぶ行脚をしたが,その具体的な足跡は明らかではない。またこれまでは30歳代に描いたと確定できる絵画作品もなかったが,この「僧侶射姿図」は,いまだ素人らしい筆致と,40歳以降に見-131-

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