鹿島美術研究 年報第5号
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(20) フランス・ゴシック絵画における建築モチーフの写実性63年度中に雑誌論文として上梓する予定である。研究者:独協大学外国学部専任講師前川久美子研究報告:62年度は当該研究調査の資料収集の段階にあたり,鹿島美術財団の『美術に関する調査研究助成金』は文献資料購入および海外調査経費に当てられた。海外調査は1987年8月19日より9月27日まで,主としてパリ国立図書館において行われた。この調査では,写実的建築モチーフが出現し,変遷してゆく重要な時代に制作された作品のうち,未刊行ないし国内で写真資料を入手することが不可能なものが対象となった。具体的には,ジャン・ピュッセル,プシコーの画家,ランブール兄弟,ジャン・フーケおよびその周辺の画家による写本絵画の調査が中心となった。同時に,国内で入手困難な文献資料を閲覧,複写した。文献調査では,建築ポートレート成立に非常に重要な役割を果たしたイタリア絵画に関する資料も,フランス絵画に関するものに加え,収集することができた。現在,この海外調査で得られた知見をまとめ,新着文献から得られた情報を加え,より精密な議論を展開すべく,考察を続けている。この結果は,次に,この論文の章立とその概略を簡単に紹介する。(序章)中世には,現実世界の事物をありのままの形で絵画のなかに再現しようとする試みは行われなかった。建築作品に関しても同様のことがいえる。特定の建築と部分的な類似が認められる建築モチーフが時々画中に見られるとはいえ,一目でそれとわかる建築モチーフは見出すことができない。フランスでは,12世紀の後半より実際の建築にゴシック様式が取り入れられるが,この新しい様式が画中の建築モチーフに見られるようになるのは,ほぼ一世紀後,大建築時代終焉の時期においてなのである。また,13世紀半ばには,かろうじて,デッサンその他に,実際の建築と同定し得るモチーフが現れるのみで,いまだ,本来の絵画の中にそれを見出すことはできない。(第1章)イタリアにおける建築ポートレートの成立対するイタリアでは,13世紀末ないし14世紀始めから,現実の建築と視覚的に同定できる建築モチーフが絵画の中に登場する。初期の重要な例は,チマブエやジオット-136-

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