鹿島美術研究 年報第5号
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14世紀末以前に制作された作品においても建築ポートレートは見出されない。フランの活躍したアッシジ聖フランチェスコ教会壁画の中に見出される。現存作品を見る限り,イタリアで最初に絵画のなかに建築ポートレートが出現した,と言える。このことは,托鉢修道会による新しい宗教の成立,普及と無関係ではあるまい。托鉢修道会は,聖フランチェスコの聖痕の奇跡に代表されるように,イエスとの合ーないしイエスの生涯を“追体験”するという神秘主義を特徴としていた。また,説教等の手段を通じてキリスト教を民衆に広く普及させることに成功した。こうした新しい宗教は,新しい絵画表現,絵画叙述を必要としたはずである。また,自然モチーフに関して指摘されているように,この時代から写生が行われ始める,という事実も技術的条件として重要であろう。イタリアでは,以後14世紀を通じて継続的に絵画のなかに建築ポートレートが描き込まれてゆく。宗教的主題をとる絵画においてのみならず,世俗主題を扱う大画面にも,しばしば建築ポートレートが見られる。やがてルネッサンスを生み出す基盤を作る都市の繁栄と誇りとが,自らの姿を記録したい,永久化したい,という現世的な願望,欲求を引き起こしたのであろう。大聖堂や主要な建築こそ,都市を象徴するものにほかならなかった。(第2章)14世紀フランスにおける画中の建築モチーフフランスでは早くも1320年代に,トスカナで成立した自然主義的描法が取り入れられている。この新しい画法の導入に際し,最も重要な貢献をしたのは,パリの写本画家ジャン・ピュッセルである。しかしながら,ピュッセルの作品に見られる建築モチーフの中には,実在する特定の建築と明確に同定されるものはない。ピュッセル以降,スでは14世紀の間には建築ポートレートが描かれなかったのであろうか。もちろん,当時制作された作品の多くが失われたことも考慮しなければならない。イタリアで建築ポートレートを早くから取り入れていた壁画作品に関しては,この時代に制作された重要な作例がパリ地方に伝えられていないことも事実である。フランスでは1400年頃にいたり,ようやく建築ホ゜ートレートが画中に登場する。最初の重要な作例は,ブシコーの画家のミニアチュールの中に見られる(シャトールー市立図書館,写本番号2,『聖務日課書』等)。また,ランブール兄弟によるベリー公の『いとも豪華な時躊書』には,有名な月暦画のほか数点のミニアチュールに建築ポートレートが描き込まれている。これらの建築ポートレートは,プシコーの画家のそれを継承するものであるが,イタリア芸術から直接,間接のヒントを得て成立した可-137-

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