鹿島美術研究 年報第5号
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プローチが異なるからである。写真の価値はその制作行程の技術的独自性にあるという立場,写真独自の意味はその忠実な再現性と複数性にあるという主張,将来の使用に備えてオリジナルな記録を年代記的に保存していくことこそ重要であるとする意見,単に希少価値のある写真や珍しいアンティークを尊重する人々の間では写真に対する基本的な考え方が一致することは困難であろう。このことは写真の持つ多用な可能性を証明することにもなる。写真メディアを応用技術の一分野として,芸術表現のメディアとして,マス・コミュニケーションや社会学的興味の記録として,あるいは現代文化の様々な領域に生み出され増殖されていく現代のイコノロジーを媒介する装置としてとらえ,写真とそれを成立させるわれわれの視覚の制度を研究することが可能なのである。こうした多様な立場を考慮しながら,写真の保存・管理について考えていく必要があるだろう。写真の保存・管理の重要性とは,情報として歴史的あるいは分析的資料として,美学的な対象としてなどのカテゴリーに便宜上分けることができよう。各分野における重要性は,美学的あるいは知的印象,情諸的反応,直接的な創造体験,文化的および歴史的伝統などの作因によって決定される。写真の重要性に対するこうした基本的な作因は,写真が様々な興味に対応するものであり,写真の調査・研究の成果が多く分野で活用される可能性を持つことを示している。現存の美術館写真部門や写真研究機関,そして今後設立される写真美術館の多くが,写真を独自の芸術表現として認知されることを目指して活動している。しかし写真史を,写真の美学的な展開の年代記的として,あるいは写真メディアが持つ技術的特性を根拠に他の表現媒体とは隔絶した特殊なシステムとして限定しなければならないものであろうか?むろん写真を近代美術の主流に位置付けようと苦闘し続けた写真家たちの努力を無視することはできない。こうしたパイオニアたちの努力は結果として,写真フォーマリストたちに写真メディアの特殊性を強調させ,“ピュアー・フォトグラフィー”あるいは“ストレート・フォトグラフィー”という信念を与えた。1910年代か後半から1920年代にかけて,ピュアー・フォトグラフィーは広義のモダニズムの運動と合流することになる。モダニストの近代写真への関心は,視覚の機械的補助手段としてのカメラとレンズの機能に集中された。人間の能力を超えた“カメラの眼”は,鮮明な解像力を持ち,対象に接近して距離を短縮し,事象の時間を操作することを可-166-

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