鹿島美術研究 年報第5号
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(28) 海住山寺五重塔内壁扉画の研究研究者:渋谷区立松濤美術館学芸員研究報告鎌倉時代初期,建保二年(1214)頃の建立になる海住山寺五重塔の内陣荘厳画は,八体の尊像を描いた扉絵と貫・柱等に極彩に表された装飾文様と構成される。このうち扉絵は,主に図像学的な視点から従来,取り上げ論じられることがあった。しかし,これら八面が,剥落や傷みが少なくないにもかかわらず,人物表現にきわめて優れた画技を示す,同時代における重要な基準作例であることは,扉絵以外の塔内装飾と同様,いまだ十分に力説されていないうらみがある。それはこれら五重塔内荘厳画について,とくに絵画作品としてその様式的特色が十分詳細に調査研究されておらず,したがってその重要性も明確に認識されていないせいであろう。また,五重塔内荘厳画に色濃く現れている大陸美術の影響も看過しえない点である。本扉絵の図様は南都仏画例として知られる数点の遺品と共通性を有しており,大陸美術との影椰関係を探ることは,本荘厳画のみにとどまらず同時代の南都仏画を理解する上でもきわめて有益である。調査研究の目的は,上のような認識から,五重塔内荘厳画についてできるだけ正確な観察をおこない,これを紹介報告すること,そしてその図様・様式上に認められる大陸美術の影響を具体的に指摘し,その根拠を明確化することが第一であり,広く関連する遺品との比較検討することによって,その特質と意義を美術史的に位置づけることが第二である。調査研究は海住山寺五重塔内荘厳画および関連遺構・遺品を対象とした。まず,海住山寺五重塔内荘厳画の調査は,肉眼による観察とカラー写真撮影にとどまり,当初予定したX線投射による写真撮影は未だ実施しえないでいる。今後に期したい。しかし,幸い肉眼により観察しえたので,以下にその所見を示すことにする。現時点において研究は続行中であり,その成果すべてについて報告することは煩瑣にわたる虞もあり不可能である。したがって報告は塔内荘厳画のうち装飾文様部のみに限り,未整理の扉絵およびその他の遺品との詳しい比較研究については後日報告することとしたい。なお,内陣荘厳画については福山敏男氏論および京都府教育庁文化財保護課による修理工事報告書に詳しい報告がある。しかし,後者は絵画史的視点を欠き,前者も現時点においては十分とはいえない。彩色はすべて白土地の上になされ,漆を用いた痕跡はない。彩色顔料は光学的検証を経林温-168 -

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