鹿島美術研究 年報第5号
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Chambers's Information自体は,むしろ大衆向けの出版物ではあったが,その一部のて刊行された洋画参考書である川上寛(冬涯)訳『西需指南』には,この種の内容に欠けるところがあるので,この美術史的記述は日本の読者には新鮮なものであったと思われる。その他,近藤若山著『泰西需式』,梅原亀七著『西画早學』など,数少ない百科全書『諧學及彫像』以前の洋画参考書は,美術史的記述述にはそど遠い,文部省(山岡成章)編纂『小學需書』と同類の,極く基礎的な内容のものであった。従って,邦訳『欝學及彫像』は,当時の日本においては,比類無き高度な内容を持って一般に普及した美術の参考書となったのである。百科全書『證學及彫像』出版の年に日本で洋画教育を始めた風景画家フォンタネージは,コローやミレーを話題にしても,特にクロードに論及したとは伝えられていない。『證學及彫像』は,そのクロードの作品を扉絵とし,その記述内容の主要部をクロードの絵を模範例として解説していた。「此編ノ初メニ載セルカラウド氏ノ謡キシ流河ノ圃ノ如キハ左右ノ雨側互二樹木ノ体裁ヲ異ニシ諸物ノ位置卜平均トニ至リテハ賓二紳妙ヲ極ムレハ荀モ朧術二志アル者ハ能ク注意シテ其粛二眼ヲ止ムヘク且其粛ノ殊二巧ナルハ右側ノ諸物皆筆勢強ク左側ノ諸物ハ筆勢ノ柔カナルヨリ自ラ薔味ヲ含ミ河中ヲ渉ル家畜ハ能ク遠近ノ大小ヲ分別シ左側二到ルニ随ヒ次第二散開シテ河側ヲ距ル遠望ノ諸物卜能ク其平均ヲ為スニ在リ二賞歎スルニ堪ヘタル者卜謂フヘシ(下線は原訳文では傍線)」ここで「カラウド氏」と表記されているのは「クロウド氏」と同じくクロードのことであり,「カラウド氏ノ書きし流河ノ薗」とは,クロードによるエッチングの代表作<牛飼い>である。クロードの原作から少なくとも2段階の変形を経た百科全書『儘學及彫像』の扉絵(図1)からは,それは素描,版画,あるいは油彩画の何れなのかさえも判断できないが,原著Chambers'sInformationの挿図(図2)を介すれば,油絵にもほぼ同一の主題が数作あるクロードの作品の中でも,エッチングの<牛飼い>(図3)が原画であることが確認される。ところで,写し絵の写しである『需學及彫像』扉絵の原作エッチングからの隔絶は論外であるにしても,Chambers'sInformation自体に「クロードによる風景画」として掲げられた<牛飼い>も原作からは程遠いものであった。空飛ぶ鳥,遠くに見える山々は明らかに変形され,樹木が基本的な構成要素である前景と中景は奥行きを失っている。それ以上に重要な相違は,Chambers'sの図版がクロードによる原作版画の主-189-

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