鹿島美術研究 年報第5号
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(38)職人尽絵の基礎的研究ー諸本の分類と工芸技術史的考察一研究代表者:帝塚山短期大学助教授高橋隆博研究報告世に職人尽絵と呼んでいる,職人の生態を描く作品群は,中世に成立する一群と,近世以降に発場する一群との二つに大別される。それは,絵画の形成からいって,また描かれるところの職能人の生態の職種等から明確にできる。中世,ことに南北朝期以後に出現する職人尽絵は,必ずといってよいほどに,歌仙絵の形をとっており,職能人の姿相は,歌仙絵の伝統を墨守しあくまで肖像的に描かれ,人物像の傍らに,一9二の持物や道具を描き添えることで,それぞれの職能を象徴的に表現する形をとっており,極めて類型的に描くことを特徴としている。東北院職人歌合・鶴ヶ岡放生会職人歌合・三十二番職人歌合・七十一番職人歌合などの作品群はそれを如実に示してくれる。これに対し,近世初期からは,中世の歌合・歌仙絵形式の職人尽絵とはまったく質を異にする職人尽絵があらわれてくる。それらの特徴は,職能人の姿を肖像画風にとらえるのではなく,工房の実際と,そこではたらく職能人を,時には女性や子供たちまで含めて,しかも使用している道具まで実に克明に活写するところにある。そうした職人尽絵の源流は,実は洛中洛外図に求めることはできるのだが,両者の関係を解明するには,いま少し時間が必要であると思われる。さて,近世初期の職人尽絵を代表する作品は,何といっても,埼玉県喜多院の所蔵する,喜多院本職人尽絵(六曲一双,重要文化財)があげられる。この作品がこれまであまりに有名であったため,近世における職人尽絵の最初のものとの見方があるが,今回の調査によって,幾分訂正する必要のあることの知見が得られた。そして,喜多院本系統の諸作品のいくつかを調査した。以下に作例を列挙すれば,次のとおりである。① 喜多院本職人尽絵② 田辺家本職人尽絵(12枚)③ 旧岡副家本職人尽絵(現文化庁)④ サントリー美術館本職人尽絵(屏風)⑤ 中尾家職人尽絵(屏風)これらの作品群はいずれも,いわゆる喜多院本系に属するものであるが,仔細に調査-217-

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