鹿島美術研究 年報第5号
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く,描かれた時代の手工業や産業について,道具・エ具・技法・エ程を描き込んで,できるだけわかりやすく図示した展開図であったといえる。しかも,製作の技術記録的性格を有し,教育的・説明的役割をも機能した絵画であったとされよう。近世初頭に出現する職人尽絵の背景には,中世末から目ざましい発達をとげる手工業の技術革新といった社会事情を反映していることも注目しなければならない。つまり,描かれるには,それなりの理由がそれぞれに存在するものである。新興の武士階級に関わる職種の,たとえば弓師・刀師・向膝師・矢細工師・甲胄師などの登場はその好例である。そのことは,中世の職人絵,たとえば,三十二番職人歌合には,はじめて結桶師が登場するのだが,桶通りの技術は,実は鎌倉後期になってはじめて生まれる木工技術なのであって,三十二番職人歌合成立時にはきわめて新しい技術であったのである。そうすれば,職人尽絵に描かれるところの職種は,当時にあっては先端の技術,あるいは流行した技術,社会生活のなかで不可欠の技術といえるし,まさに職人尽絵は,その時代の工芸技術を知る上で貴重な絵画資料といえる。調査の過程で,いろいろな形式の職人尽絵のいくつかを知ったが,原本・模本の関係もふまえて,それぞれの作品にしかるべき時代的位置と,絵のあらわすところの意味を再構築する必要を強く感じた。いずれも今後の課題としておきたい。-220-

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