鹿島美術研究 年報第5号
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1971年から1986年の間に絵画保存研究所で調査された4枚のキャンヴァスに描かれたMcCrone研究所に送られ,電子顕微鏡と蛍光X線分析により分析された。グランドは,調査と分析現代油彩画には結晶の発生が見られ,それが画面を破壊し,見苦しくしていた。それぞれの絵から結晶の試料が柔らかい筆を使って集められ,外部の5箇所の研究所で破壊法に属する種々の方法で分析された。3点の絵からは結晶を含む顔料の試料の採取もできたので,顔料の分析も行なわれた。ブランドの試料は4点すべての絵から集められ,分析された。これらの試料はすべて絵の重要でない部分から,双眼顕微鏡の下でメスを用いて採取された。4枚目の絵については,1986年に東京国立文化財研究所において非破壊検査用として特別に考案されたX線回折装置を用いて,より徹底した分析が行なわれた。児島善三郎「風景」(1943年作,45.5X53cm)は1971年に検査されたものである。結晶は絵の表面のみならず,絵具層の内部にも発生していた。表面の結晶は,顕微鏡で見ると砂糖状をしていた。絵具層の中には,約2mmの長さの透明ないし白色の大きな結晶があり,これらはその成長の過程で絵具層を破壊し,噴火口状の亀裂や絵具の剥落を生ぜしめているように思われた。結晶は水溶性で,湿度に敏感であった。高温多湿の環境では結晶は液状になり,空調の効いた部屋に置くと直ちに結晶を再生した。有機溶媒には不溶であった。この絵のグランドは,顕微鏡下の化学分析で酸化亜鉛であることが分かった。顔料は分析しなかった。結晶は東京芸術大学の小口八郎教授によって蛍光X線で分析され,硫酸亜鉛と同定された。鈴木信太郎「人形」(1947年作,60.2X45cm)は10年後の1981年に調査されたが,結晶は主として人形のスカートの緑色,青色,白色の中に見られ,深い穴を絵具層に作っていた。この絵の顔料は,グランド,および結晶の試料は米国シカゴ市のWalterC. 亜鉛,チタン,バリウム,鉛,および硫黄を含む事が分かった。緑色は,主としてクロムを含有し,これはビリジアン即ち酸化クロム水和物(Cr203• 2H心であろうと推定された。青色からは多量の鉄が検出され,おそらくプルシャンブルー即ちフェロシアン化鉄(Fe4(Fe(CN)sハ)であると考えられる。結晶は亜鉛,硫黄,酸素を含むの-257-

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