14. 12 • 3世紀における文殊五尊像の展開(1) その遺例は十二世紀〜十三世紀の間の各時期に点在しており,着衣,物持,像の(2) 十三世紀の作例の中には,鎌倉時代を代表する仏師である快慶や康円の作品が残(3) 十三世紀には彫像以外にも,光台院本など絵画にもすぐれた遺例があり,彫像と(4) 文殊五尊像は五体で一組を形成するが,群像としてのまとまりをいかに表現する美術館の展覧会が示すように近年着実な研究が行われている。しかし,しばしば大正期の芸術家たちに見うけられる江戸趣味については,その視点に立って論じられたことはあまりない。永井荷風の江戸芸術論やパンの会などの文芸に見られる江戸趣味もひとつの契機となったと思われるが,美術の分野にも浮世絵を中心にそのような傾向が見受けられる。日露戦争を境にして,衰退した浮世絵,岸田劉生や織田一磨ら,作家たちによる研究,いくつかの浮世絵研究雑誌の創刊,創作版画に刺激された新版画(伝統版画)等いくつもの運動があり,当時の若い芸術家たちは,文学・美術の垣根を越えて自由に活発に交流していた。こうした事実を踏まえつつ大正期の江戸趣味の内容をつかむとともに大正美術史の流れの中でどのように位置付けられるかを考え,合わせてその視座を確立してゆきたい。研究者:東京国立博物館彫刻室長金子啓明研究目的:日本で独特な展開を示した文殊五尊像について考察することには下記のような意義がある。構え等の表現は多様で,制作された時期によってもそのあり方が異なっている。従って,各作品の分析により,それぞれの時期の形式的特色を明らかにすることができる。っており,彼らの事跡・作風を検討することにより位置づけることが可能。の関連について考察することができる。かは作者にとって造形上重要な問題であり,それは各時代の群像表現のあり方を考える上で,興味深い。以上のような諸点に留意しながら,十二世紀〜十三世紀の文殊五尊像の展開を追求す-33 -
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