鹿島美術研究 年報第5号
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33.金代絵画史研究研究者:東京大学東洋文化研究所助教授小川裕充研究目的:金代絵画史の全体像を把握することは,金代絵画史が影響を与えた元代絵画史の理解にとっても,金代絵画史が影響を蒙った北宋絵画史の理解にとっても,不可欠の重要性を有している。また,南宋絵画史との同時代的かつ相互的な影響も無視し得ないとすれば,金代絵画史に対する理解は,中国絵画史研究の要をなすと言っても決して過言ではない。南宋を正統王朝と見なす伝統的な史観の下で,宋代絵画と混同されたまま,充分な評価を与えられて来なかったその反動で,金代絵画に属する作品は勿論,本来宋代絵画に属すべき作品までが,さしたる根拠もなく金代のものに比定され,ょり一層の混乱を招いている,そういう現状にある金代絵画史の調査研究を今回試みようとする所以である。34.仁和寺本別尊雑記の研究研究者:東京大学大学院博士課程矢島研究目的:私が現在進めている研究テーマは,我国の絵師達がいかに古代絵画(輪郭線とその中を埋める色面により構成される)を中世絵画の主流たる水墨画へと脱皮させていったのかを究明することにある。彼らが宋元画の圧倒的影響下にあったことは大局的に見て動かしがたいが,あれだけ質の高い平安絵画を生みだした絵師たちが,単に外来の要素のみに動かされるような存在であったとも考えにくい。そこには我国内における何らかの自律的な要素も有ったと考えたい。高水準の平安絵画を生みだした制作母体としては宮廷絵所と密教寺院の二つを挙げうるが,このうち宮廷絵所は時代が下がるにつれて次第にこの創造力を枯渇させていったと考えざるをえない。しかし初期水墨画の発生に大きく関係したと考えられる福寺が禅密兼修の寺であり,その画僧明兆に絵佛師的作品が見られることや,水墨の優品を残している託磨栄賀が伝統的な佛画も描いていることを考えると,密教寺院における仏画制作の伝統は初期水墨画にも大きく関係してあたと推側することができる。密教系絵画における中世への胎動は,おそらく十二世紀に線描への興味という形で始まり,既に十二世紀後半に持光寺本普賢延命像や託磨勝賀筆東寺十二天屏風といっ-45 -新

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