た優品を生みだしているが,そうした作品を生みだした原動力として白描図像の転写研究の活発化ということが,宋元画の影響に加える我国内の自律的要素として大きな意味を持っていたに違いない。もちろん白描図像研究に始まる線描への興味関心がそのまま水墨画へとつながっていくと単純に考えられるわけではないが,家系としての託磨派の例を考えれば,中世絵画への脱皮という流れの中で,密教寺院とその絵佛師集団,あるいは彼らが行なった白描図像の転写研究が果たした役割は無視することができない。私が今回行なおうと考えている別尊雑記の成立事情の研究は,直接には東寺十二天屏風等の,十二世紀末から十三世紀初にかけて中世的なものをようやく見せ始めたばかりの作品の制作基盤を解明する一助になると思われるが,それは古代絵画の克服という,十二世紀末から十四世紀初にかけての大きな動きの中の第一歩を考えることでもある。35.パオロ・ヴェロネーゼ研究研究者:国立西洋美術館研究員越川倫明研究目的:ヴェロネーゼ研究は,T.ピニャッティによる絵画カタログ(1976),R.コックによる素描カタログ(1984)の出版により,サブスタンシャルな基盤を得た。一方,昨今のヴェネツィア美術研究の著しい特徴として,ヴェネツィア特有の社会的・政治的・宗教的コンテクストの研究がきわめて活発に行かわれている。それらの核心は,16世紀後半におけるヴェネツィアの国家的自意識「ヴェネツィア神話」の再主張およびそれを支えた中部イタリアの芸術言語に依拠する図像学上・様式上の刷新にあり,こうした運動の推進者であったグリマーニ家やバルバロ家のパトロンとしての役割にも注目されている。私が研究対象として挙げた3つの装飾はすでに多くの研究者によって考察されており,特に3のバルバロ荘についてはそれが著しいが,私としてはこれらの装飾を合わせて扱うことにより,上述の社会的側面からの研究成果をもう一度ヴェロネーゼの個人史の中にゆりもどして考えてみたいと思っている。すなわち,1.パトロンによる図像上の新機軸とヴェロネーゼの様式的革新とはどのような文脈で結びついているのか。-46 -
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