鹿島美術研究 年報第6号
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6.院政期物語絵巻の作品研究が指摘できる。これらは地方作ゆえの様式採用の遅れと保守性として理解されるのがふつうであろうが,より積極的に本地仏像ゆえの原因,例えば,先にのべた信仰基層の異なりなども考えることはできないであろうか。この他,神像彫刻との表現の類似などとりあげなければならない問題は多いが,本研究により,さらなる本地仏像の発掘と他地域との比較の必要性が生じてきたことは疑い得ない。研究者:東京芸術大学非常勤講師稲本万里子研究報本調査研究で取り上げた「寝覚物語絵巻」は,現在,奈良・大和文華館に絵四段,詞書四段から成る残欠を集めた澪本一巻として所蔵されている。この絵巻は物語の失われた末尾部分にあたり,国文学研究の上からも貴重なものと考えられているが,そればかりでなく,現存する四段の絵は,季節感溢れる自然の表現や装飾経にも通う料紙装飾等,繊細で感覚的な美しさをもつ濃彩つくり絵の遺品であり,「源氏物語絵巻」や「葉月物語絵巻」に次ぐ物語絵巻の優品である。本絵巻に関して,これまで様々な研究がなされてきたが,近年詞書第二段の断簡が発見され,所蔵者である田中登氏の論文が発表されるに至って,物語研究が飛躍的に発展した。この断簡の発見は,美術史分野においても,四場面の復元の問題を解決し,料紙装飾の新たな資料を提示する大きな意義をもつものであった。申請者は,これらを踏まえた上で,二度にわたる作品調査の成果をもとに本絵巻の表現の特質を探り,面画構成及び月次絵の問題について検討した。まず,本絵巻の研ぎすまされた美しさは,厚い雲母引きと,その上に施された金銀箔散らし,砂子蒔きの料紙装飾に負うところが大きい。この上に下描きをし,寒色系の中間色を比較的多く用いて彩色し,描き起こしをすることによって,ひんやりと冷た<,それでいて華やかな美しさが醸し出される。平安時代,有機や無機の色料や金銀泥による下絵,すなわち絵面的手法による料紙装飾は,経巻の荘厳や歌巻,歌冊子の装飾に欠くことのできない装飾法であったという。しかし,十二世紀に入り,切箔や砂子を使う工芸的技法が急速に発達するにつれ,次第に料紙装飾の主流からは姿を消してしまう。ところが,この時期の工芸的技法と絵画的手法の閲ぎ合いの中でも,(了)_ 81 _

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