中に取り込まれていったという。しかし,「源氏物語絵巻」のように,鑑賞者が,画中の人物の姿を通して,物語の主人公の心情を理解しようとし,また,季節の景物でさえも主人公の心理を象徴するものとして描かれた時,物語の情趣は濃厚に表現され,伝統的な四季絵・月次絵の要素は重視されなくなる。これに対して,本絵巻では,季節の景物をことさらに美しく描き,月次絵の要素を強調している。この時期,物語の筋を眼で見るという物語絵本来の意味の外に,四季の景物の美しさを重視する傾向が強まったことは既に指摘されていることではあるが,ここに,当時の人々の絵画観の変化を窺うことができよう。ところで,「明月記」天福元年三月二十日の条には,藤原定家が「夜半の寝覚」をはじめ,十種の物語の中から各月五場面を選び出し,十ニヵ月六十場面を集めた月次絵の制作に携わったことが記されている。また,「古今著聞集」巻第十ーからも,この絵巻制作にかかわる状況を窺い知ることができるが,それによると,この月次絵はひと月を一巻に纏めた十二巻の絵巻であったという。本絵巻は,季節の景物をことさらしく描きながら,物語を展開させた絵巻であった。しかし,この「明月記」記載の月次絵に至って,物語の内容は解体する。十種の物語のストーリーを分解し,一月ばかりを五場面で一巻,二月ばかりを五場面集めて一巻というように,十二巻に仕立てた月次絵の中には,もはや“絵物語中の物語”はなく,そこには,各月の季節感と結びついた物語中の印象的な場面がクローズアップされて描かれていたのだろう。これらのことから,物語の流れを捉える絵巻本来の面白さと季節感溢れるモティーフに対する興味とを合わせもつ本絵巻は,物語の内容を濃厚に表現する「源氏物語絵巻」から,物語の内容が既に解体した「明月記」中の月次絵に至るターニングポイントにあたり,やまと絵屏風の伝統を受け継ぐ古代的な物語絵の世界の崩壊と新たな秩序の始まりを意味しているのではなかろうか。「寝覚物語絵巻」とは,平安末期の新しい物語絵享受のあり方を示す作品であり,物語絵と月次絵,さらには絵巻の伝統と装飾経の影聾という二元性を端的に表わす作品である。デフォルメされたモティーフを画面空間に拘泥せず意匠的に配した画面構成は,やまと絵屏風に源を発する女絵特有の図様の斬新なアレンジと見るべきだろう。また,やまと絵屏風の景物画を想起させる季節のモティーフを用いた月次絵的や展聞は,物語性を濃厚に表現した「源氏物語絵巻」とは一線を画するものと理解すべきだろう。一年を四または十二分するという,自然の秩序に従っているように見えて,実-83 -
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