9.古代末・中世紀インド美術の研究一実地調査を中心に一研究者:京都市立芸術大学講師定金計次研究報告:インド美術史において,古代と中世をどのように区分するかという問題は,今日まで充分に論じられることは無かった。政治史においては,ムガル朝の成立をもって古代・中世を区切る考えが一部に行なわれている。しかし,これまでは古代が著しく長くなり,政治のみならず,様々な分野の大きな変化が無視されることになってしまう。最近ではインド政治史においても,古代と中世の境を遡らせ,中世と近代の間に近世(前近代)を設定する傾向にある。これは,美術の変化を顧慮した場合も,当然あるべき形として受容し得るが,具体的な古代・中世の時期区分については,見解は一定していない。ところで,インドは広い地理的領域を含み,各地域で多彩な美術の展開が見られるため,インド全体を対象とした,厳密な時代区分は不可能であり,意味が無いとする考え方もある。しかしながら,後述の如く,各地域における多彩な展開という点に,既に中世インド美術の性格の一つが現われているのである。また政治史の時代区分と美術史のそれとは,一致する必要がないとする見解もある。無論,特殊な場合にはそういうこともあるであろうが,人間の種々の行為が,何らかの形で互いに深く連関し合っているのであってみれば,美術史の時代区分は,他の研究領域とも即応すべきである。さてインド美術の展開における,古代と中世の時代区分を実際にどこに設定するかを考える前に,古代と中世が区別されねばならないことを確認する必要がある。すなわち,古代インド美術と中世インド美術が目差した理想は別のものである。従来言われているように,古代に仏教美術が隆盛を示し,中世にヒンドゥー美術が流行するといった,世俗美術の発達を全く等閑に付した皮相的見方に根拠を置くものではない。建築をも含めて考察すべきであるが,古い建築の作例が乏しいため,ここでは彫刻と絵画に限定して述べる。インドの彫刻・絵画は,僅かの例外があるものの,全時代を通じて,形態の写実性あるいは視覚的表現は追求せず,一般に抽象的形態を有し触覚的表現が目差されている。かかる限界内ではあるが,古代彫刻・絵画においては,対象は自然な形態で量感豊かに表現されている。勿論古代初期美術は,抽象的形態を取-96-
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