鹿島美術研究 年報第6号
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別できる。一つは版木に顔料を塗布する時点で施される技法で,もう一つは,さらに行程が進んだ料紙に図様を刷り出す時点で施される技法である。すなわち,一つの版木内で金泥と銀泥を塗り分け,版木の示す本来の方向通りに刷り出す技法は前者に,一度刷った上から,版木の一部を独立させ角度に変化をつけて刷り出す技法,つまり,部分刷りおよび重ね刷りは後者にあたる。この二種の技法を基準にすると,作品群は概ね次の三グループに分類できる。Iグループはいずれの技法も積極的に活用されていない作品群,IIグループは部分刷りおよび重ね刷りが積極的に活用される作品群,IIIグループは顔料の塗り分けが積極的に活用される作品群である。なぉ,この分類によって所属するグループと紙背に捺された型文様との間に,ある相関関係が成立していることも確認できた。木版金銀泥刷作品群は版木使用作品という性質上,かなり長期間に渉って制作され,当初はIグループのように比較的版木に忠実に刷られ,試行錯誤を経て,II.IIIグループヘ展開していったと考えられる。現時点では,三グループの具体的な制作時期には触れ得ないが,Iグループの作品が最も早い時期に制作されたことは梅の図様によって確認できる。梅の図様では,全ての作品に中央の枝に版木の破損が認められる。その破損部の右上に菅が添えられているが,Iグループの作品のみ奮の下半分にあたる丸みを帯びた輪郭が残っている。これによって,Iグループは最も初発的な作品群と位置付けられる。IIグループとIIIグループについては,複雑な関係が予想でき,明確には述べ得ない。ただ両グループに属する作品を比較した場合,IIグループには大胆な趣が感じられ,多様な作品が含まれるのに対し,IIIグループには穏やかな印象を受ける作品が多く,作風にもそれほど変化は見られない。ある種の形式化が現れているとも言える。版木の活用法から見ると,IIグループは最も興味深い作品群である。そこで構成される画面は個々の版下図様を思うと,版木のみから独自の展開を経て生み出されたとは考えにくい。ところが,このグループの作品には一つの注目すべき現象が指摘できる。技法を凝らし版木本来の図様を再構成した結果,宗達作と推定されている畠山記念館所蔵の肉筆金銀泥絵「四季花丼下絵古今集和歌巻」(以下,畠山本と記す)と非常に近い画面が形成されているのである。多様な作風を示すIIグループの作品群は,畠山本への接近という特色を一様に備えていることが分かる。この作品群を制作するにあたり,刷り手或いは制作上指導的立場にいた人物は,畠山本から154

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