(1)如来像頭部総高58.3 あり,その存在意義は非常に高い。敬善寺洞は,洞外壁北側の力士像と菩薩像の間に「敬善寺石像銘井序」と題する長文の銘記があり,太宗第十子紀王李慎の生母である紀国太妃孝氏の発願になることが記されている。ただし銘記中に具体的な年記がなく,その洞内状況,壁面に彫られた諸像の作風から,660年前後の造営であると考えられる。その造営は,初唐期龍門石窟の仏像彫刻がいよいよ本格的に長安初唐様式をとり入れ始める端緒を開いたものと言える。年代の設定や彫刻の作風の問題については別稿で論じることとするが,ここで留意すべきことは,同洞諸像のうち,と〈に中心となる仏菩薩像に造営当初の頭部がなく,後世の拙劣な頭部によって作風理解に著しい支障をきたしていることである。いまあげる二作品のうち,如来像頭部のほうはすでに同洞中尊像の頭部として知られており,またもう一つの菩薩像頭部はその脇侍菩商像の頭部であろうと今回推定したものである。(法蘊〕(単位はセンチメートル)髪際一顎34.2 肉暫左右張27.1地髪左右張38.0耳張41.0 面奥(現状)28.5右耳縦25.1横8.3左耳縦25.1横9.1(形状)肉督が小高く盛り上がり,肉醤部・地髪部ともに頭髪を渦巻状に表わす。額の中央に白奄嵌入のための孔(縦径4.5横径4.2深さ1.8)を穿つ。〔現状〕この頭部は,肉智頂部やや後方寄りから両耳の後方を通り前面首上部へまわる線で壁面よりはがされたもので,右耳染の先端をわずかに欠失する以外表面には全く損傷がない。一箇石灰岩個人蔵頂一顎55.3 肉器高15.7 肉僣奥行(現状)19.9面張30.7 -165-図l
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