鹿島美術研究 年報第6号
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29.英一蝶研究ーその信仰と作風一研究者:関西学院大学非常勤講師永瀬恵子研究報告:一蝶画には全体的にさりげなく“祈り”が表現されていると感じられるのは筆者だけであろうか。市井風俗を機知に富んだ角度から軽妙に描写し,その諷逸ぶりがもてはやされた一蝶であるが,御用絵師の立場では到底制作できない作品に一蝶らしさが認められ,高く評価されるところである。破乱に富んだ生涯に反して一蝶画そのものは一環して少しも奇をてらったものでなく,すっきりあかぬけた,清浄でしかもかわいらしく,やさしさに満ちたものである。一蝶の生涯にまつわるイメージと作品のギャップに多少の当惑をおぼえながらも,筆者がよりいっそう一蝶に魅かれるのは,“祈り”の表現によるものではないかと考えた。一蝶には頑くなに守った信念がある。権力を否定し,楽ではないが気ままで自由な生活を押し通した強さがある。その一蝶を支えたもの,精神的なよりどころは何だったのか。信仰の力で結束し都市を形成した江戸の人々が,江戸の落し子一蝶に実は祈りの情念のこもった清なる絵画を求めていたのではないだろうか。そしてその要求に一蝶がいかに答えたのか。本研究では一蝶作品について,その時代の内面的な側面,信仰に着目しながら一蝶画の再検討を試みた。一蝶は生涯を通して「雨宿り図」を好んで描いている。代表作に「雨宿り図」(個人蔵)「雨宿り図屏風」(東京国立博物館蔵)「田園風俗図屏風」(サントリー美術館蔵)「十ニヶ月風俗図」(ホノルル美術館蔵)などがある。一蝶にとって「雨宿り」は,人物を中心とした都市風俗を効果的に表現する大切な手段であった。どこにでも見られる俄か雨の風景をとりあげ,一蝶独自の芸術的世界につくり上げてしまったという感じである。破れ傘を置き,子供や僧侶がそこから顔をのぞかせるという興趣は一蝶の得意とするところで,ある種のぞき趣味的な好奇心旺盛な一蝶の愛嬌ある人柄がうかがえる。しかし「雨宿り」は,老若男女,士農工商,貴賊を問わず都市を行き交う人々を一ヶ所に集めて描き込む最も効果的な機知的方法というだけでなく,その集められた人物が獅子舞や鹿島の事触れ・巫女・琵琶法師・山伏・西行風の旅僧・巡礼といった人々で,遊芸人であったり民間信仰と関係の深い者たちであることに注目したいと思う。彼らは鎌倉室町時代より呪術性•仏教性・唱導性を持ち,近世にいたってその-176-

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