鹿島美術研究 年報第6号
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35.パオロ・ヴェロネーゼ研究合が多いことを考えると,極めで慎重に行なわれなければならない問題であるが,仁和寺本の図像の筆写年代についてはさらに慎重な検討が必要であり,今後の課題としたいと考えている。研究者:国立西洋美術館研究員越川倫明研究報パオロ・ヴェロネーゼ没後400年に当たる1988年には,ヴェネツィアを中心にヴェロネーゼに関する多くの学術的事業が開催されており,この年には本助成金を受けて約3週間イタリアに滞在し,これらに参加し得たことはきわめて有意義であった。イタリア国内における催しとしては「ヴェロネーゼ展」(ヴェネツィア,チーニ財団),国際シンポジウム(ヴェネツィア大学),「ヴェロネーゼ修復作品展」(ヴェネツィア,アカデミア美術館),同時代のヴェローナ絵画に焦点をあてた展覧会(ヴェローナ,カステルヴェッキオ美術館)等があり,また幸運にも,1988年末より翌年初めにかけてワシントンで開かれ大回顧展「ヴェロネーゼの芸術」(ナショナル・ギャラリー)をも訪れる機会を得ることができた。チーニ財団とワシントンで行なわれた両展覧会は共にメリーランド大学教授W.R.リーリックによるいわば姉妹展の関係にある企画であり,した研究成果の両部分とみなされる。これらの情報に接した結果,1550■60年代の装飾サイクルを対象とする当初の研究計画は部分的に変更を余儀なくされ,ヴェロネーゼの素描作品の検討に研究時間の多くを費やすこととなった。その理由は,両展合わせて186点(うち素描105点)の出品作の解説の中で,リーリックは主として素描の綿密な調査を通して,T.ピニャッティ(1976)およびR.コック(1984)による各々絵画,素描基準的作品カタログにおいて設定された制作年代,アトリビューション,作品解釈に,多くの重要な変更を加えていたからである。同時にリーリックの研究は,史料的に制作状況を確定できない大多数のヴェロネーゼ作品において,多くの未解明部分が残されていることを浮彫にするものであった。上記の成果を受けて,ヴェネツィア及びワシントンで実見した全素描作品につき,リーリック,コック,それにティーツェ夫妻によるヴェネツィア派素描カタログ(1944)の内容を加えたコンコルダンスを作成しつつ,各作品について検討を加えた。この作業は,より範囲を拡大しつつ現在も継続中であるが,これまでに得られた主な新知見-193-

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