鹿島美術研究 年報第6号
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1007B,同国立図書館Mss.10001, 1872等)についても同様で,E.が7-8世紀以降エスコリアル修道院図書館,マドリードの美術史研究所(旧ベラスケス研究所)等では,1988年8月20-9月12日にMs.&.II. 5写本(以下E.)の閲覧写真撮影,資料収集を行った。ニューヨークではピアポント・モーガン図書館,パブリック・ライブラリーにおいて1989年9月4日ー同月14日に写本閲覧,資料収集が許可された。モーガン図書館の調査が遅れたのはMs.644写本(以下M.)が修復中のためである。同写本は1985年に同館修復室に移され,全般に加筆はされないが二段階の洗浄力哺iされた。全ての作業はすでに完了の予定であったが,写本の保存状態が絶望的に悪く,現在ニ分冊再綴が進行中である。従ってM.の詳細な調査は,同館撮影の現寸大写真によらざるを行なかった。エル・エスコリアルでは未だに一部しか公にされていないE.の52挿絵の実見調査,写真撮影を行い,他に同写本に関する貴重な文献が資料の閲覧(筆写,撮影)も許可され,E.挿絵の全貌を知ると同時に,同写本の16世紀以降の来歴および研究史が確認できた。モーガン図書館では上記に平行して,M.の同館の入手経過を含む来歴,研究史に関わる資料収集も実行したが,異本Ms.429の閲覧調査を許され,様式上また図像学の面でM.と比較で得るところが大きかった。本調査研究の目的は,E.(10世紀制作)のモノグラフィックな研究により,今日30冊を越す異本を残すベアトゥス写本(『修道士ベアトゥスによるヨハネ黙示録注解書』8世紀末.を原本とする)の挿絵芸術の様式の成り立ちを解明することにある。就中注目するのは人物像の人体デッサン,顔面表現,着衣処理であった。E.のその特徴は,同代の異本群挿絵に共通する点多く,その上で他の何れの作にもまして,ラ・ナーベ聖堂やキンタニーリャ・デ・ラス・ビーニャス聖堂に残るスペイン・西ゴート石彫の様式にきわめて近く,他にスペイン・西ゴート系の各種写本(マドリード古文書館Cod.の北スペイン土着美術に深く根差しているのが知れる。これ迄のベアトゥス写本研究は,ともすると外来の影響が強調される傾向にあり,侵攻イスラムのもたらした東方的性格,ケルトやカロリング朝伝来の諸要素の検出に重点がおかれた。たしかにそうした多様な影響関係は無視できないにせよ,今回の調査では,初期以来の中世スペイン土着美術の潮流を改めて確認した上で,10世紀当時の新たな様式創造の動勢をみきわめてゆくべき指針を得た。一方モーガン図書館のM.(10世紀半ば頃)については,人物像表現はE.と同様な傾-230-

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