鹿島美術研究 年報第6号
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が主たるものであったが,この学会はそれに加えて美術史学的な関心によるテーマも設定され,作品に即した内容に満ちた発表や思索に富んだ発表も行われ,今後の研究の深まりが予想された。一方,研究発表以外にも,世界各国の岩面画が写真展示により紹介され,またフィルム,ビデオによる岩面画の記録が毎日,発表後の会場で上映され,さらに豊かな岩面画の世界を知ることができた。とりわけ注目されたのは,会場ロビーに特設された岩面のレプリカに大会の5日間をとおして岩面画が制作されたことである。アボリジニの芸術家,ディック・ムルムル(DickMurumuru)氏が北部オーストラリアの様々な様式の岩面画をほぼ2X 4メートル四方の岩面いっぱいに描きあげ,通常は先史時代の遺物としてしか見ることのできない岩面画をまさに制作されつつあるものとして目撃することとなった。また,ムルムル氏のかたわらでは,妻のドリーさんが夫の仕事を見守りつつ,樹皮画を何枚も制作していた。大会は最終日のAURA第1回総会で幕を閉じた。そこでは,これまで暫定的だった学会規約が正式に採択され,それにもとづいて会長などの役職者が選出された。ハプニングだったのは一会員から南アフリカのアパルトヘイトに学会として反対を表明しようと動議されたことで,総会は様々な意見により紛糾したが,結局学問の世界にはなじまないということで決議はされなかった。私にとっては初めての経験となったが,微妙な政治的問題に接してとまどうしかなかった。その後,お別れの夕食会があり,大会期間中から意見交換や情報交換を通じて親しくなった各国の研究者とさらに深く交流することができた。大会終了後,9月4日から学会主催の実地見学旅行が始まった。100人以上が参加し,最終的には9月27日まで続く大がかりな旅行であるが,各参加者はそれぞれの日程にしたがって何時でも旅行を終えることができた。また,道らしい道のない所を四輪駆動車で移動し,宿泊設備もないので,参加者全員がテントによるキャンプ生活を続けることになったが,その結果,厳しいながらもより親しみの持てる旅行となった。旅行では,今回AURA会長に選出されたダーウィンのノザン・テリトリー芸術・科学博物館のジョージ・チャルプカ(GeorgeChaloupka)氏の案内で,一般に立ち入れが禁止されているアボリジニ居住地域にまで入ることができた。私は8泊9日の日程で参加したが,その間に効率よく15ヵ所以上の遺跡を訪れることがで-267-

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