9.戦後抽象絵画とその理論の体系的研究になっているのかについては,これまで国内にもたらされているさまざまな情報と資料によってある程度知られているが,個々の具体的な事例についてはまだまだ不足している。それゆえ,実際に現地に赴いて,その現在の状況を直接に情報摂取することはきわめて重要であると考えられる。とりわけ,資金の問題については,それが現実的な問題であり,美術館運営を支えるうえに欠かすことのできない問題でありながら,これまでこの方面の情報には具体的なものが少なかったように思われる。特に美術館関係者の研究は美術作品の研究に向きがちであることは否めない。従って,学芸活動を充実させるうえで,避けて通ることができないにもかかわらず,学芸員の側からはこれまで軽視されてきた財政上の問題,学芸部門と庶務部門との調和の問題,美術館組織の問題等について可能な限りその情報,資料を収集しようと考えるものである。また,大きな美術館と小さな美術館とにおける実際の活動のあり方の違いを見聞すると同時に,伝統のある古い美術館と新設美術館との考えの違いを比較するものである。特に,ニューヨーク近代美術館をはじめ,最近の近代を扱う美術館では従来の「絵画,彫刻,工芸」といった伝統的な分野に加えて,写真,グラフィック,ビデオ,フィルム,建築,デザインなどの新しい分野に向けて,作品収集の範囲を広げているが,外国にその分野のない「書」を美術館運営のテーマのひとつとしている函館美術館の立場から,こうした新分野へのとりくみが,実際どのようになされているかもあわせて調査するものである。研究者:兵庫県立近代美術館学芸員尾崎信一郎研究目的:戦後の抽象絵画は1950年代に世界的な高まりを示しその後も独自の展開を遂げたが,今日なおその体系的な把握はなされていない。申請者はこれまで50年代の絵画運動を主として共時的な観点より研究してきたが,本研究においてはまず50年代の抽象絵画の特性をとりわけアメリカと日本における動向に着目して究明すると共に,それ以降の抽象絵画の展開を通時的,かつ理論的背景との関連において検討したい。これによって戦後の抽象絵画の展開を単に特定の地域における運動の推移としてではなく,巨視的,原理的なレベルより捉え直し絵画を中心とした現代美術史の再検討-29-
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