鹿島美術研究 年報第6号
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な史的位置を占める画家の一人鈴木春信について,従来の研究はなお断片的な検討を加えるにとどまり,それらを併せた総合的な作家理解にまでは行き届いていない。その理由の大半は,春信の絵画世界の全容について展望しうるに足るだけの作品に関する充分な資料が公表されておらず,信頼のおける作品目録すら未完成というお寒い研究状況にある。こうした現状を打開するために,研究代表者小林と研究分担者田辺が既に集めた資料や研究成果を共に寄せ合い,新たに調査研究や検討・討議を加えて,密接な協力の上に信頼のおける全作品目録を作成することを構想した。近い将来に良質な写真図版入りのカタログ,レゾネを刊行すべく準備しようとするこの基礎的研究の意義は,きわめて大きいと確信する。膨大な資料を収集,整理しようとするこの研究の性格上,少なくとも二年間の研究期間を要する。12.春草作品にみられる古画の要素研究者:飯田市美術博物館学芸員関根浩子研究目的:は多種の絵画に対して,画家特有の敏感な反応を示している。しかし,画面から受けた感動を,直裁に自分の作品に反映させることをせず,時間をかけ,内で熟成させ,彼独自のものに昇華させてしまう。従って彼の作品を安易に他の絵画からの影響として分析することは無意味である。しかし,彼が彼独自の画風を確立するに至るまでの模索の過程をたどることは,春草芸術の理解に役立つと思われる。何人も無から有を生ぜしめることが出来ないように,学ばずして独自のものを生み出すことは出来ない。新日本画創造の背後には前提条件として,古画についての熟知が必要である。優れた作品に心を動かすのは,その人間自身優れている証拠であり,決して恥とすべきではない。この度の調査,研究は,春草が懸命に学び,自分のものとした先人たちの画技,思想を改めて彼の作品からよみとろうとするものである。この方法は,あるいは春草作品を純粋に鑑賞することをさまたげるという弊害を招くかもしれない。しかし,明治という混迷の時代,日本画低迷の時代に生きた旧藩士の家出身の一画家の足跡をたどることは,彼をのみこんでさかまいた近代という激流から真実をすくいあげ,ひとつひとつつなぎあわせることによりその激流の正体を解明することに発展しうると思うのである。従って,この調査研究は,近代美術史研究の初段階であり,その後の発展-31-

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