研究目的:臨終の床で苦しむ一人の人間を死後の世界極楽浄土の統治者阿弥陀如来が迎えに来る「来迎」の思想は『観無量寿経』等に説かれるところであるが,我国においてはその経典の記述を越えて,より具体的なイメージとして平安後期以降人々の心を捉えたのであった。即ち,平安後期から鎌倉期にかけて数多く制作された阿弥陀来迎図がまさにこの来迎イメージを絵画形成により言葉を越えて表現し,それを今日の我々にも伝えてくれている。また,現在各地の寺院で年中行事として催されている迎講儀式は実際に人々が仮面衣裳を着してこの来迎を演劇的に表現したもので,これもその始まりは平安後期にまで遡るのである。近年,来迎図の研究は個別的な作品研究あるいは絵画史におけるその全般的な展開についての考察など様々な観点から急速な発展を遂げつつあるといえる。しかし一方,迎講については宗教学や民俗学から僅かなアプローチがなされてはいるものの,美術史においてはその意義が見過されているきらいがある。唯一大串純夫氏が国華誌上に連載した論文「来迎芸術論」(昭和15年)は来迎図と迎講,両者を統合した視点による研究であったが,既にその成果が発表されてから50年近い歳月が流れてしまっている。本調査研究ではかつて大串論文で提示された来迎思想の二つの具現化である絵画と儀式,その双方の歴史的関連をより実証的具体的データの蓄積をもとに解明することで,我国美術史における来迎図の成立と展開に関する考察を試みる。来迎という形で死の積極的な亨受を行うことができた我国古代・中世の人々の心理と感覚を造形芸術の中に見出すことが本研究のメインテーマである。17.鎌倉時代造像銘記の調査研究研究者:東京芸術大学美術学部教授水野敬三郎他4名研究目的:日本彫刻史を研究する上で,もっとも基礎的な資料となるのが造像銘記(像の一部に直接書きつけられたものの他,像内納入品としてのそれを含む)である。造像銘記はその彫刻の造顕理由,発願者,作者,製作年時,製作の様相等を直接的・具体的に示すものであり,造像事情(信仰内容,造像の経緯等),製作者(作家・流派),編年,様式展開など,あらゆる彫刻史的研究の基礎をなす資料である。研究代表者水野敬三郎および共同研究者西川新次を含む研究グループは,かつて平安時代造像銘記に関す-34 -
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