⑤ 黄槃宗の道釈画研究者:北九州大学文学部教授錦織亮介研究報告:黄槃宗の伝来にともなってもたらされた道釈人物画の具体的内容を知るため,今回は明末の画家陳賢を主に,逸然・苑道生・苑爵・陳法祖などの作品データと写真資料の収集と整理を行った。その結果,陳賢の作品58点,逸然60点,苑道生7点,苑爵2点,陳法祖2点の存在を確かめ,資料を集めることができた。併せて黄槃僧の語録等に,陳賢と逸然に関する記述が少なからず収載されていることも知りえた。これらの基本資料を整理する過程で,江戸時代にもたらされた道釈画の内容と,その影響とを考えるには,陳賢と逸然の作品が鍵となることが明らかになった。特に陳賢は重要で,逸然のように来日することはなかったが,舶載された彼の作品は黄槃宗の中だけにとどまらず,市井においても好まれた。また逸然の作品の半ば以上が,陳賢の作品を模したものであることは看過できず,逸然の作画態度がいずれも中国より舶載されてきた絵画を手本とするものであるため,陳賢の作品から受けた影響は大きい。さらに『長崎聾人伝』で,逸然を“唐絵の祖”と称し,渡辺秀石や河村若芝をはじめとした多くの門人達がいたことを記しており,逸然を通じての陳賢の影響は,これら長崎派の画家達へも及んでいるといえる。しかし,舶載された陳賢の作品の多さや日本人の嗜好にも拘わらず,画家陳賢について記すものは少なく,中国の画史等にもまったくその名はみえず,不明な部分を多く残したままである。そこでまず,画家陳賢について,基本的な絵画作品と史料とを整え,その人と経歴とを調べることとした。以下,その成果の要旨を記すが,詳細は近く活字になる予定である。逸然については,収集した諸資料の整理の途中にあり,また稿をあらためたいと思う。陳賢の人と経歴これまでの陳賢研究は,文献史料が乏しいところから,作品の款記からその経歴を略記しているが,いずれも作品紹介ないしは解説に重きが置かれ,画家陳賢については,崇禎7年(1634)頃から永歴8年(1654)頃にかけて,福建省泉州の黄槃寺院などを中心にして作画活動を行っていた禅余画家であったことを推測するにとどまって80 -
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