0無染正真後には十刹に列するなど,豊後はもとより東九州の臨済宗の中核をなす存在であった。直翁の万寿寺開山にともない,その禅風を菓って豊後国内から多くの僧達が師の門下に参禅している。そのうち,自聞正聡・無染正真・豊山正義・東斐正日・不肯正受・悟華智徹・信奄正香・大機正碩・密室正機・東震正誉の10人は,とくに直翁十門と称され,大友配下の有力武士層の庇護を受けながら豊後各地に東福寺派の禅院を開いている。彼らが開山となった寺院のうち,である。〇自聞正聡(1278■1366)実際寺(安岐)延慶2(1309) 開基大友氏泰顕祥寺(安心院)年不詳万弘寺(国東)応安4(1371) 開基富来忠茂大恩寺(II)応永元(1394)吉祥寺(II)文和中(1352■)(豊後高田)明徳2(1391) 開基河野兵庫之助道全0悟華智徹(宝陀寺(大田)元応2(1320) 開基田原直平(II) 年不詳(真玉)延文2(1358) 開基真玉五郎重実円明寺(武蔵)貞治中(1362■)徳勝寺(豊後高田)年不詳報恩寺(杵築)元徳元(1329)開基奈多宮司宇佐宿弥秀基千光寺(I/)暦応3(1340) 開基木付頼直そのほか,彼らの法嗣達が開いた寺院までいれると,南北朝期から室町初頭頃までその数は数十ヶ寺に及ぶ。こうした東福寺派禅院の相つぐ開山は,ひいてはこの地方における造仏活動を促すことにもなったようで,この期の宇佐・国東の仏像には中央の作風に学んだものが多く見られる。0盟山正義(0密宰在機(1292■1380)・国東関係のものを列挙すると次の通り-105-〜1394) 〜1367)
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