(3)爵5点新鄭県文物保管所:7点(1)爵1974年新鄭望京楼(2)罪1975年新鄭望京楼新鄭は鄭州市区部から南へ50キロほどの鄭州市に属する県で,区部から日帰り出来る距離にある。河南省文物研究所の工作姑があり,祁本性先生の御好意により,新鄭入りが実現した。先生の御指導のもとに爵3点は標本室でケース越しに,そのほかは直接手にとり,観察することができた。未発表の爵5点が含まれ,写真撮影は不可のため観察記録をとり,必要なデータは台帳から得させていただいた。7点中5点までが新鄭望京楼出土であるが,この中には稀少例である素朴な二里岡下層期の無装飾の例(l)爵があり,また1974年あたりから二里岡期青銅器の出土が目立ち注目されて久しい地点であるが,実際には作例は更に多いことが判かり,この地が二里岡期青銅器を産する重要な拠点の一つであるという認識を更に深めた。望京楼の青銅器出土地点についても,帰路遠望することができた。上海4月5日〜8日上海博物館上海博物館では,中国歴史博物館現蔵の杜嶺I方鼎の鋳造法について陳倶芥先生(青銅器研究部主任)の御教示をいただいた。この青銅器の鋳造に関しては馬承源先生(館長)が著録において苑線の位置を示しており,陳倶芥先生より馬承源先生の見解を基礎にして大方鼎の鋳造法,そのほか鋳造上の諸問題や青銅器の装飾と鋳造の関係などについての私見などに懇切丁寧に御教示,御意見をいただいた。また馬承源先生より,大方鼎の最新出土例2点があったことを知る。どちらも河南省以外の二省からの1点づつの出土例であり,意匠や大きさは今回取り挙げている従来の鄭州出土の二対4点の大方鼎とはとんど同じだということである。1つは山西省出土で「中国文物報」1990年第12期に報道済みであり,掲載写真で概要を知ることができた。他は訪問した4月6日現在ではまだ資料が出ていない。造形面の探索のみならず,この大方鼎2点の出土の意義はきわめて大きく,いずれにおいても詳細な報告が待たれるところである。上海博物館では本年11月に現在未発表の青銅器も加えて青銅器の特別展が開催される予定である。上海博物館ではこのほか,二里岡期青銅器25点,二里頭期青銅器3点(いずれも先回に同じ)を中心に青銅器の実見観察と写真撮影を通常の陳列室で行った。河南(一)ー0河南(一)九〇155_
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