鹿島美術研究 年報第7号
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さてサンタ・マリア・ダングローナ聖堂に劣らず,プーリア州サレント地方スクインザーノ近在のサンタ・マリア・ディ・チェッラーテ(SantaMaria di Cerrate)修道院聖堂は,注目すべき壁画を伝え残している。同修道院は,スクインザーノの国鉄駅より東へ延びる道を歩くこと1時間余,数キロに及ぶオリーブ園を抜け出た辺りなだらかな起伏を見せて広がる田園地帯のただ中に,やはり孤立して建っている。バシリカ式聖堂の規模は身廊部の全長が20mに満たぬ小さなもので,中央アプシスの「キリスト昇天」のほか,側廊部の南壁,北壁,中央身廊列柱アーチなどに,一部著しい損傷をうけているものの明らかにビザンティン様式を示す壁画を残している。残念ながら壁画の残存状態は,中央アプシスの「キリスト昇天」が描かれた当時の装飾プログラム全体の復元をゆるさない。しかし,様式の面からこれらの壁画を見ていく時,筆者の見解によれば,その幾つかに,アングローナ同様,アドリア海を越えて直かにビザンティン絵画をもたらした渡来ギリシア人画工の関与が認められる。聖堂の改築史,堂内の各壁画の制作年などサンタ・マリア・ディ・チェッラーテをめぐる課題を探るなかで,画工の出自についても徐々に明らかにできよう。以上は今回の調査で特に注目したバシリカ式聖堂の例である。これらのほかに,中期ビザンティン聖堂の典型をなすギリシア十字式プランによる南イタリアの円蓋付聖堂の三つの遺構を訪ねることができた。即ち,カラーブリア,スティロのカトリカ聖堂,ロッサーノのサン・マルコ聖堂,そしてプーリア南部の港町オトラントのサン・ピエトロ聖堂の三者である。最後のサン・ピエトロ聖堂は,前二者が内部にほんの僅かの壁画を残すのみであるのに対し,比較的良好な保存状態にある明白にビザンティン様式を示す壁画を,聖所を中心に伝え残し,また円蓋より四方に伸びる半円筒弯窟に配された残存壁画とともに,この聖堂の一時期の装飾プログラムを垣間見せてくれている。ただし,ビザンティン様式の残存壁画間に,画工の技量の相違のみならず,かたやパレオロゴス時代かたやマケドニアないしコムネノス時代といった様式の相違を露わにするものがあり,制作年,プログラムとも結論を得るに慎重であらねばならず,今後,継続して検討を加えたい。カンパニアのカプア近郊のサンタンジェロ・イン・フォルミスほか,ロンゴリーゼのサンタ・マリア・イン・グロッタ,プーリアのレッチェの南,カルピニャーノのクリプタ・デッレ・サンテ・マリナ・エ・クリスタなど,今回の調査の中心となる旅程のあい間に訪ねたビザンティン美術とかかわりの深いローマ以南のいくつかの遺構は,173-

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