への願いに関するルーベンスの個人的な考えをも絵画化した注目すべき大作である。1.「戦争と平和」スペインとイギリスとの間の和平の達成という彼の外交上の使命にそって,主として平和がもたらすことになる恩恵か,寓意的に,しかしまた一方で,人物たちの生き生きとした身ぶりによって表現されている。戦争の神マルスは知恵の女神ミネルヴァによって画面右方に追い払われる。このミネルヴァの活躍によってもたらされる平和の恵みである,結婚,豊饒,財産などが,豊かな肉体をした女性たちや愛らしい子供たち,また,サテュロスが捧げ持つ豊饒の角などの静物の描写によって表現されている。画面中央やや左寄りに描かれた半裸の女性は,恐らく平和の女神パックスで,彼女が授乳している子供は富の神プルトゥスと考えられる。ただし彼女をケレス,あるいはヴィーナスとする説もある。いずれにせよ彼女には持物がないために,その同定は容易ではない。むしろこの図像的な曖昧さはルーベンス自身によって意図されていたのであり,彼女は生殖,豊饒,平和などを複合的に具現する象徴であり,その意味は画面全体の表わすコンテクストによって自然と規定されている,と考えられないこともない。興味深いことに,ルーベンスは,この絵の中に自分のロンドン滞在の思い出を描き込んだ。すなわち,結婚の寓意を表現するに際して,彼がロンドン滞在中寄宿していたバルタザール・ジェルビエ家の3人の子供たちをモデルに用いたのである。ジョージは,結婚の神ヒュメンとして松明を掲げ,ェリザベスの頭に冠を載せようとしているところである。妹のスーザンはほぼ正面向きに描かれ,その視線は絵の観者の方に向けられている。彼女たちは,豊饒の角からあふれ出んばかりの果実をプットーによって手渡される。ルーベンスが本作品の構図をティントレットの手になる「パックスとアブンダチアを守ろうとして,マルスを追い払うミネルヴァ」(ヴェネチア,パラッツォ・ドゥカーレ,アゴスティーノ・カラッチが版刻)という類似主題の作品に負っていることは間違いない。ただし,両者を比較してみるとき,ルーベンスの作品においては,特に平和がもたらす恩恵の描写に重点が置かれていることが明らかとなる。スペインとイギリスとの和平の成立からくる,将来に対してのルーベンスの明るい展望を反映してのことであろうか。-181
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