鹿島美術研究 年報第7号
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風」をめぐって一~所収『美術史』vol.117)。屏風や画帖に仕立てられた扇面画は,に水墨画や,着色画の場合は近接拡大表現をとる花鳥画が現われるようになる。一方,日常使いの扇とは別に,本格的な画技による特別な扇の需要は,上層階級において平安期以来終始続いていたわけだが,室町期では貴族や上層武士階級,禅僧の間に一層強まって来る。五山文学には,扇面画に対してよせられた画賛をかなりの数見い出すことが出来るし,また公卿日記等からは,正月の贈答品としての厨面画制作や扇面を貼り交ぜた屏風に関する記述が知られている。室町期に至り扇面画を取り巻く状況は,扇に絵画としての成熟を要求し同時にそれを育てるものであった。もとより扇面画は,一枚の小品画としても,ひとまとまりのセットとしても鑑賞でき,かつ通常の画幅や画巻とは異なる形態特性(弧状,および表裏性,伸縮性)故に,表現の趣向や新奇さが楽しめる作品形式である。このような特性は室町時代にあって,一層自覚的に利されるようになる。新しい主題や技法がもたらす活力に満ちた水墨画と,装飾画風にひとつの活路を求めたやまと絵の拮抗という当時の絵画状況と,絵画を身近に楽しみたいという作品形式として見るならば,にあり,また同時に,持つことの喜び,収集することの喜びが直裁的に得られる小品でもあった。加えて,複数集成することで大画面を構成することも,ストーリーの連続性を獲得することも可能であった。まさに室町時代にあって扇面は,新しい表現の可能性を切り拓く前衛であり,また交換財としての絵画の流通を助ける身近な媒体であったのである。さて,このように中世後期に画面形式としての享受が確立した扇面画の制作は,近世前期までその活性が引き継がれる。とりわげ注目されるのは,扇本来の使用を当初より考えない,換言するならば扇面形という形式のみを純粋に抽出するセット物が盛んに制作されたことである。それらは主に屏風に貼り交ぜられることを想定して制作された為か,六十面一具を原型とすることが多いようである(玉晶敏子氏は,ー曲に五面ずつ六曲一双屏風で六十面を貼り交ぜる形式が,遅くとも近世初には確立していたとされる。cf.『近世初期の屏風と書と料紙装飾_松花堂昭乗筆「勅撰集和歌屏収集した古画のセットであることもあるが,近世初では予め一具としての緊密な構成をもって制作されるものが圧倒的に多くなる。それらは源語や勢語のようなストーリーの内容をひとまとまりの扇面画で構成するもので,物語絵画の伝統的な容器であっの拡大が相乗的に扇面画制作の場を活性化させる。は絵画と工芸,鑑賞性と道具性の,マージナルな場-193

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