1. y家蔵「幸若舞曲等扇面画帖」の概要た絵巻から扇面や色紙へという転換が定着していることが興味深い。このことはまた,大画面の構築を小画面の集積によって得る発想とも連動しており,その意味で,扇面流し図屏風と扇面貼交屏風との相違は,鑑賞形式の相違とともにあらためて考えるべき点が多いように思われる。さて,本研究は,文献や画中画資料(含工芸文様)の集成と,作品の調査を二本の柱として進めてきた。研究の眼目はあくまでも古代・中世の扇面画理解においたが,作品の調査分析は中世末から近世前期にかけての諸作が主体となった。前者,資料研究に就いては,時をあらためて別途報告の機会を持ちたいと思う。そこで,今回,いにして精査し得た作品のなかから,一点を選び,その具体的な作品紹介をかねて標題の「扇面画における伝統と創造」の問題を考察し,中間報告としたい。本作品は,六十面からなる扇面画で,現在画帖仕立てとなっており,第一面には「休白名長信松栄直信四男」と記された付箋がついている。紙本地の各面には,金地金雲濃彩で物語の場面らしき図様が精緻に描かれており,形状は扇面形であるが折あてはない。法量は,六十面にわたりほとんど異同がなく,線描やモチーフの描法など細部に筆致の振幅はあるものの全体としての画風は統一されており,金雲の構成法に関しても六十面の間に顕著な相違は認められない。絵の内容は,幸若舞曲中の『大織冠』・『新曲』およびおそらくは古浄瑠璃であったと考えられる『大橋の中将』の絵画化である。以上,現状の六十面が当初より一連のものであることは,ほぼ間違いあるまい。とするならば,六十面という数量からして,或いは屏風に貼り交ぜることを想定したセットであったとも考えられる。猶,法量は以下の通りである。各縦20.9cm横•長径51.3cm 短径20.3cm 本作品は,複数の扇面がひとまとまりのストーリーを構成する物語絵画であるが,その題材に源語や勢語という古典を選ばず,幸若舞曲や古浄瑠璃という語り物を絵画化していることが注目される。既に室町後期には,扇面や色紙のセットで源氏物語を表わすことが流行しており,ついで江戸初期ではそれと並行して伊勢物語もしばしば素材に選ばれる。それらの作品は,ストーリーがどのように絵画化されているか,すなわち,物語の内容を楽しむというよりは,すでにイメージの型を造り上げ定型化し194-
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