を出で立ち,順風帆を受け程なく大唐,明州の港に着く。それを聞いて諸卿女官をはじめ仕丁にいたるまで残るところなく迎えに来る(no.1'p.30, l.15■p.31, l. l)。一目后を拝むならば,たちまちに貧苦を逃れ諸病も癒されるのであった。かくして過ぎ行くに,后は父・鎌足が建立した興福寺金堂に仏具・法具を送り施入することを思いち,様々な宝を用意する。その中に,栴檀の御衣木で五寸の釈迦を造り八寸の水晶の塔に収めた「無碍宝珠」という重宝があった。后はこれらの重宝を万戸将軍という強者に託し日本に送らせるが,海底に住む八大龍王は,ぜひともこの「無碍宝珠」を得んとする。まず浪風を荒く立るが,不思議の仏像を運ぶ船であるから天人の助けを得てかえって追風となり船を進めることとなる。次に龍王は,修羅の大将に加勢を頼み,船を襲わせることとする。大将は日本と唐の潮さかいに陣をとり,万戸将軍の船を待つ。それを知らずに船を進めて来た万戸将軍は,旗を翻し鉄の盾の間より矛を光らせている軍勢に驚く。修羅の大将は,大音声で「無碍宝珠」を引き渡せと呼ばわるが,万戸将軍は矛を持って船の抽先に仁王立ちし,どうして渡せようかと応える(no.3'p.33, l. 船底から名馬を引出し,見事な手綱さばきで海上に乗り出し修羅の軍勢と激しく戦い,ついにこれを撃ち破る(no.4, p.34, l.10■p.37, l. 3)。そこで龍王たちは,人間の心をたばかるには見目良き女が良かろうと,美しい龍女を飾りたてうつぼ船にこめて波間を漂わせる。船乗り達は,流れ木が漂ってきたことを怪しむが,万戸将軍はその木を取り上げ割ってみることを命じる。すると木の中には,例えようのない程の美人がいて,ただ涙ぐむばかりであった。万戸は,何物の化生かと怪しみ,水底に投げ入れようとするが,龍女は「私はけいたむ国の大王の斎の姫であるが,或る后によってうつぼ船にこめられて海に流され,いま奇特にも助けを受けたのにまた海底に沈められようとするとは,なんとうらめしいこと」とたばかってかき口説く。そのあまりの美しさ,やさしい風情に,さしもの万戸も心を動かされ,龍女を船に乗せてしまう。龍王はここぞとばかりに向い風を吹かせ,房前の浦に十日ばかり船をとどめる。その旅泊の物憂さに万戸は耐えかねて,龍女を口説〈が,龍女は五戒を保つ身と言い逃れる。ついに万戸は「無碍宝珠」をそっと拝ませてあげようと龍女に見せ,契りを結ぶ(no6'p.38, l.12■p.42, l.15)。その三日後,龍女はかき消すように姿を消し,「無碍宝珠」も失せてしまう。1 ■p.34, l. 9)。万戸将軍は唐の戦のならいにのっとり,引勢揃えの太鼓を打ち鳴らし,-196-
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