⑲ 千仏図の研究ー大乗仏教美術流通の初期相に関する研究の一環として一研究者:根津美術館学芸員安田治樹研究報告:千仏図と言えば,同形同大の小仏を多数並べて絵画や浮彫的な彫刻にあらわしたものを指し,その作例はインドから中国,日本にわたって広く遺存する。ただ,何れの地域でもこれらが造形活動(ないしは信仰)において,どのようなかたちにせよ主役を占めたとは言い難く,たいていは本尊を安置する仏堂や石窟の壁に描かれ,あるいは浮彫されて,むしろ荘厳のための恰好の主題であったようにすら見える。実際,仏教美術史の立場に限っても,この言わば脇役的な千仏図については従前議論の対象とされることが少なく,特に目立った研究も行われてはおらず,それには殆ど同様の小仏を羅列するだけの千仏図そのものが概して単調で,作品としての魅力に乏しいことが恐らく理由の一つに上げられるであろう。しかし,対象の魅力の如何は措いても,千仏図が背景とする千仏思想,また同時に多仏思想は,仏教史や仏教思想史上の重大課題である小乗から大乗への展開とそれ自身密接に関連し,これを考慮する時,造形遺品としての千仏図に対する研究もまた,決して疎かにされるべきではないと考える。叙上の観点から,われわれは千仏図の成立と初期の流布状況に焦点づけ,作例をインドや中国に求めて,それら図相の検討と典拠とし得る経典との比較を中心に展開の諸相とその思想内容の解明につとめてきた。結果に関して言えば,なお生身仏的思想の範疇にある千仏思想,殊にいわゆる賢劫千仏の思想と,大乗の説く報身仏たる十方現在の諸仏との関連など,むしろ仏教思想史上に扱われるべきいくつかの課題を残しており,それらは重大な問題であるにも拘らずわれわれが軽々に立ち入ることの出来ぬ領域であることから,一定の成果を期すにはさらにこの方面での研究の蓄積が要請される状況である。したがって,本報告も遺憾ながら中間報告でしかないが,それでもこれまでの過程で千仏ないしは千仏図をめぐって,解決すべき問題の所在は凡そ明らかにされたと考えており,ー先ずそれらについて述べておきたい。千仏図の作例をインド,中国に徴する時,同形同大の小仏を多数連ねて,われわれが一般にそれと見なす千仏図は,インドでは比較的遅くグプタ期(5世紀末〜6世紀初)に属すアジャンター石窟の一部(第1,2, 7, 17窟など)に漸く壁画が浮彫の-208
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