鹿島美術研究 年報第7号
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後鳥羽院本の中では,女性は個性を欠いた顔や衣裳の優雅な事のみを基準にして描かれなくなった。衣裳身のこなし,表情の多様性は室町時代に更にはっきりしたものになっていく。時代不動歌合絵や,東京国立博物館の女房三十六歌仙絵の写本は,私の考えでは,平安時代の大和絵以後の女性画像の変化に於ける完全な例である。が,女性画像に於ける執拗に残る特色に留意しなければなるまい。即ち,美の規準は肉体の美しさにあるのではなく,単に衣裳の襲や色彩,髪型,化粧のみにあるとされていた。身のこなし(観覧者に背を向ける,顔を半分隠す,俯いた視線)が,本質的な役割をなしている。やっと江戸時代になってから,もっと大胆な絵師は,薄い布,或いはほとんど透明とも云える布を通して脚や腕をあらわに描き出してゆくのである。かくして女性歌人の肖像画の特徴は,次の主要な五点である。ー大和絵,及び似絵に連なる日本的規準での写実主義。一描線が正確である一描線が簡素らしく見え,地味である一色の使用をおさえているか又は白描絵である。一描かれた人物が公家階級に属する漢画室町時代,中国の禅絵画の影響を受けて,僧侶の肖像画の発展は,女性肖像画芸術に新たな衝撃をもたらした。それは,西洋画に於けるのと同じ意味での真の肖像画であった。これらの肖像画は,宗教儀式(遺像)或いは葬儀(寿像)の際に贈られたものである。その源として狩野派(元信,正信)の絵師による将軍の肖像画の発展があげられる。これらの絵師は仏画系肖像画に着想を得てそれに装飾と色彩感覚の絶妙さを,加えたのである。十五世紀の半ばに,女性画は,これと同様の画法で制作された。長生比丘尼(大徳寺)は,1449年制作で最も古いものである。筆者は残念ながら同寺院に於いて,それを拝見する事が出来なかった。-224

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