の観察どおり,BreitePinselstriche(幅のある筆による描線)で仕上げられており,線自体には何等隆起が認められない。それと同時に縁取りを示す`Umriilband"の存在も観察されなかった。一方,ビーズレイが「パイオニア・グループ」と呼ぶ,前6世紀末の作家達,例えばエウフロニオスの作品では,レリーフ・ラインの存在と‘Umriilband"の使用がはっきりと認められた。赤像式壺絵技法の確立はこのパイオニア・グループの出現を契機としていることが知られた。B.赤像式壺絵技法古代アッティカ陶芸の面白さは,物語性豊かな絵画そのものにある。神話を中心テーマに主役たる神々,英雄たちが,当時の人々の心に浮かんだままに,表現力豊かに再現され,直接我々の視覚に訴えて来る。理想の人間像として描かれる登場人物は,筋肉,骨格を時にあらわに,時に衣服を纏って表現されるが,その描写に使われる絵画技法を,特に頭髪表現に絞って観察してみよう。先に見た「アンドキデスの画家」に近いアンフォラ破片の少年の図では,前髪,襟足,それに背景を区切る頭頂の稜線はすべて,刻線で表現されていた(図3)。この事実は,技法的に黒像式と何等変化がないことを示している。後に前髪自体が厚みのある`Umriilband”で囲まれ,うわぐすりを突起させて巻毛が表現されるようになり(図4)'背景との区分も塗り残されるようになる。刻線による頭頂の稜線の表現は,前5世紀初頭の作品にも見られるが,通常は‘UmriJlband"で囲まれ塗り残されるようになる(図1)。こうした塗り残しによる頭髪表現はパイオニア・グループ,恐らくエウフロニオスに始まるものと考えられ,ここにも同グループの卓越した技量と,赤像式技法の確立者たる事実が証明される。ところで,従来の研究(E.ラングロッツ,G.M.A.リヒター,J.ボードマン)では,漆黒で鋼鉄のように力強く,かつ伸びやかで表面が隆起した描線であるレリーフ・ラインを図像構成上の最も重要な描線としているが,今回の調査で,赤像式絵画が,まず,先を尖らせた木筆のようなものを使い,壺の地肌に直接デッサンされ,次に景が明確に区分された後に,背景がうわぐすりで塗り込まれ,仕上げとして図像の,例えば人体の筋肉,骨格,それに衣服等の細部と,時に図像の輪郭全体やレリーフ・ラインや隆起のない描線で表現されることが解った。筆者は以上の過程のうち,"Umriflband”で図像の輪郭が描き抜かれることが確認された。こうして,図像と背_246
元のページ ../index.html#272