鹿島美術研究 年報第7号
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は見ることができた。現在の私見では,ロダンとヴァン・ラスブールクの作品では,かなり作風に違いが見え,生命感と才能の片鱗という点ではロダンが数段上であり,ヴァン・ラスブールクは結局かなりアカデミー風の保守的な作風に終わったということであり,若いディレンスのほうは才能と進取の気性が見えるが,むしろロダンから影響を受けたほうで,ロダンヘの影縛はなさそうである。カリエ=ベルーズがパリに戻って後,この同僚のヴァン・ラスブールクがロダンを雇う形でアトリエは存続し,彼ら2人の作品は,ベルギー向けのものには,ヴァン・ラスブールクのサインが,フランス向けのものにはロダンのサインが入れられることとなったが,実際はフランス向けのものは皆無で,現在ベルギーの個人蔵にこのヴァン・ラスプールクのサインが入ったロダン作品があると言われるが,その所在の発見と同定は今回は無理であった。次の機会を待ちたい。さらに,プリュッセルのイクセル区立美術館においても初期ロダン作品を調査し,コンスタンタン・ムーニエ美術館において,こちらはロダンに影響を受け,リアリズム芸術において有名で,ベルギー近代彫刻を代表する彫刻家ムーニエ(1831-1905年)の作品を見,担当学芸員ともベルギー近代彫刻とロダンの関係についての議論を交わした。また,王立ア)レベールI世図書館においても関連彫刻家の文献や素描の調査を行なったのは言うまでもない。なかでも一番の収穫と思われるものは,プリュッセル証券取引所内の装飾,商業と産業と芸術の寓意像である4体のカリアティード(1872-73年)で,これは,確かにロダンの手によるものと思われ,その大振りな身体,生命感のあるモドレ(肉付け),き生きとした姿勢に窺えるムーヴマン(動勢)が後のロダンをれた。これに関しては,詳細な論文を目下準備中である。総じて,ベルギーの近代彫刻については本国においてすら,その研究が遅れていると言えるが,本年秋,アントワープの美術館で,最初の本格的な19世紀ベルギー彫刻の展覧会が開催される予定で,今その準備中であるという情報を得た。その成果に期待したい。パリにおいては,ロダン美術館所蔵の作品調査と,担当学芸員との意見交換がなされたが,基本的には前記のゴルドシャイダー(2代前のロダン美術館館長)とジュドラン(現ロダン美術館学芸員)のまとめた基礎資料以上の収穫はなかった。しかし,〔2-2〕パリしていると考えら-250-

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