クロクリスタリン等の合成樹脂を多く混ぜて上述の欠点の減少や品質の安定化が図られている。合成樹脂で現在最も多く用いられているのは,EVA(エチレン化酢酸ヴィニール)である。中でも一般的なのは,BEVA371と呼ばれる溶剤型の接着剤で,炭化水素系溶剤に溶解し,60℃で熱溶解する。これはEVAを主剤として,これにポリヴィニール,ポリサイクロヘキサノン,パラフィン等の合成樹脂を一定の比率で混合してある。ドイツ系アメリカ人Dr.G. A. Berger氏が開発したもので,ワックスのように濡れ現象が起きにくく,除去も比較的に容易で,しかも膠のように水を用いず湿気の影響も少ない。米国ではこれをフィルム状にしたもので裏打ちを行うことが多いが,ドイツでは,ゲル状のものをオリジナルの裏面または新しい支持体の表面に塗布しておこなう。長年ワックスを塗布・含浸させてきた伝統と,米国の合理主義の違いのように思われて興味深い。しかし,このBEVAもワックスの欠点はある程度補えるが,ワックスの長所である浸透性は,はるかに及ばない。絵具の層問剥離の固着に対しては,確実に作用しない場合がある。その性質が異なることを利用して,油性,エマルジョンなどのタイプで固着剤,コーティング剤,ニス等に用いられる。これらを修復用として生産しているのは,やはり北ヨーロッパと米国であるが,今回の研修で,その種類の多さに改めて驚かされた。しかし,これらの合成樹脂が手放しで全ての修復家に歓迎されているわけでは無い。フランスやスペインの修復家は,未だに膠の優位性を主張する。合成樹脂の耐久性が真の意味で証明された訳ではなく,膠についての欠点は,保存環境によってかなり補うことができる,と言うのが彼等の言い分である。かく言う彼等も部分的には合成樹脂を使用はしている。さらに,この合成樹脂には新たな角度から問題が生じつつある。これらの樹脂を媒材とする絵具で描かれた作品が,修復の対象になり始めているからである。修復は原則としてオリジナル作品と同じ材料を使用しない。修復に使用した樹脂を除去する際に,オリジナルも溶解させてしまうからである。今日では乾性油を媒材にした絵具と樹脂による修復という単純な対応が成り立たなくなりつつある。EVA以外でも,様々な種類のアクリル系樹脂が使用されている。分子構造の違いで-272-
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