③ 在米日本染織品の表現様式とその絵画的特徴(昭和63年度助成)研究者:東京国立博物館染織室長長崎研究報今回調査を行った五つの美術館には,合計約400点近い日本染織品が収蔵されている。残念なことに,これまでその内容はおろか存在さえ知られていなかったコレクションもある。以下で,これら日本染織コレクションの概略を紹介して調査報告としたい。(1) メトロポリタン美術館日本染織品の収蔵館として最も知られているのはメトロポリタン美術館である。収蔵品の数は100点を超え,小袖や振袖・打掛などの小袖服飾類,唐織や縫箔・長絹などの能装束類を中核として,紅型衣装や袈裟・上代裂などがこれに加わる。このうち小袖類は江戸時代18世紀から明治時代に至る各時代の典型を網羅するものであり,また能装束は,量・質において小袖類以上の内容を誇る。当美術館の日本染織品の中で特に注目される作品としては,祇園南海筆の白編子地墨竹図打掛をあげることができる。これは打掛全体を絵絹に見立てて墨一色で竹を描き,金泥の霞を添えたものである。和泉国佐野の豪商唐金屋興隆が妾のために祇園南海に描かせたと伝えるもので,後に興隆の曾孫が京都の大丸下村家に嫁ぐ際持参したとされる。元禄時代を中心に17世紀後半から18世紀にかけて,このように有名な画家に小袖や打掛の模様を描かせることがしばしば行われたらしく,現存する作品にも尾形光琳や酒井抱ー,松村呉春などの筆になるものがある。特に光琳筆の通称冬木小袖は,光琳が江戸深川の材木商冬木家の妻女のために描いたとされるもので,この作品と類似した背景を持つ点で興味深い。この種の作品は国内においても数点を数えるのみであり,その意味で海外にあるこの一点は非常に貴重なものと言えよう。ボストン美術館の日本染織品は,浮世絵同様ビゲローコレクションに属するもので,これまでその内容は殆ど知られていなかった。しかし収蔵品の数と内容の豊富さにおいて,これはアメリカ国内のみならず海外における最も大きな日本染織品コレクションというべきものである。収蔵品の総点数は約200点にものぼり,そのうち能装束は95点,小袖類は27点がふくまれるほか,近世の舞楽装束や宮廷装束も数点ずつ見られる。ただし能装束は100点近い点数を誇るにもかかわらず,狩衣や長絹といった大袖ものは(2) ボストン美術館巌275-
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