鹿島美術研究 年報第7号
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一点も見られず,唐織・厚板・縫箔・摺箔といった小袖ものだけに限られており,ビゲロー個人の趣味が強く反映したものと考えられる。当美術館にはさらに60点以上の古裂・打敷類があるが,その中には少数ながら上代裂や辻が花染裂があるほか,国内においても現存遺品の少ない戸初期のいわゆる慶長裂が多数含まれており,これらはいずれも重要資料ということができる。この中で特に注目すべきものとしては,麻地に墨で,花丼蝶鳥走獣文を描いた裂がある。現状では全体に茶色味がかかって模様は見にくくなっているが,布質は正倉院宝物中の麻布山水図のそれや各美術館に分蔵されている奈良時代のそれに近く,また墨の色調や質も前者と大きく異なるようには見えない。更に赤外線写真で明らかになったその模様は,東大寺誕生釈迦仏立像の灌仏盤外側の線刻文に類似した様式を示し,この裂の年代は奈良時代にまで遡るものと考えられる。しかも一連の麻布山水図や他の奈良時代の麻布墨画とも異なる形式の模様を描く点でとりわけ興味深い。表されている模様は同時代の臆顧や緯錦に見られるのと類似した表現の花丼や蝶・鳥・走獣文を裂全体に散らすように配するもので,モチーフ間の余白のとり方や花丼・蝶・雲の形は先の灌仏盤に見られるそれに共通する。また鳥の表現は麻布山水図に見られるそれとも類似しており,奈良時代の珍しい染織資料としてだけでなく,当代の絵画資料としても貴重なものといえよう。(3) ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン付属美術館ロードアイランド・スクール・オブ・デザインは,アメリカ東海岸の古都プロビデンスの中心,オールド・タウンの小高い丘の中腹に位置する。当校における日本染織品の収集の始まりは比較的早かったが,これを一挙に充実させることになったのは,東洋染織品の収集家でこの学校の強力なサポーターの一人であったルーシー・アルドリッチのコレクションである。く限られた人物しか手を触れることを許されなかったために,その存在や内容をほとんど知られることがなかった。しかしこれが幸いしてか作品の保存状態は卓越してすばらしく,また能装束のいくつかには伝来を示す墨書銘のある畳紙もそのまま付属している。作品は18世紀前半から19世紀にかけてのものが主で,いずれもそれぞれの時期の一般的な様式変遷にそった本格を示している。コレクションの中心をなす能装束では,40点を超えるこのコレクションは,永い間彼女自身か,あるいは美術館職員でもご-276

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