鹿島美術研究 年報第7号
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(4) シカゴ美術館16世紀の名品を含む縫箔3点,摺箔1点,唐織6点,長絹2点,舞衣2点,半切1点,収集者の趣味と美意識を反映してか,刺繍を用いて模様を表す縫箔のみならず,織りで模様を表す唐織でさえ,写実的な表現や絵画的な表現をとるものが多い。シカゴ美術館の東洋美術品の中では一般にバッキンガムコレクションを中心とする一万点を超える浮世絵が最も有名である。これらは質においてアメリカ各地に散在する数多くの浮世絵コレクションのうちでも,ボストン美術館のそれと並ぶ大コレクションであることはよく知られているところである。これに対して,当美術館にはまた20点以上の良質の日本染織品コレクションが収蔵されていることはほとんど知られていない。その内容は,江戸時代18世紀から一部明治時代を含む19世紀にかけての小袖や振袖・打掛類が7点。また能装束では桃山時代大口1点の計16点で,そのほとんどは江戸時代18世紀から19世紀にかけての作品である。このうち同館コレクションの白眉をなすものは,片身替わり山道四季草花模様縫箔である。この作品は形状・技法・意匠すべてにおいて桃山時代の縫箔の典型を示す作品であると同時に,これらが最も高い次元でひとつの作品に集約された希有な例である。管見の限り,海外にある桃山時代の能装束はこの一点だけであり,しかも日本国内においてもこのように片身替わりの形式をとる同時代の縫箔は数点を数えるのみである。一般に桃山時代の染織意匠には四季の植物を一同に集めたいわゆる四季模様が非常に多い。伝統的な植物模様が主に季節感の表出のために用いられるのに対し,当代の植物模様は様々な植物モチーフをもっと自由な観点から取り合わせたもので,節感を表出する意図がほとんど感じられない点が特徴的であるが,この作品にもこの特徴が認められる。またこの作品では八橋及び住吉の景を表すと考えられる部分があり,これを一種の文芸意匠あるいは歌枕の意匠とすれば,近世染織意匠におけるその最も早い例ということができる。八橋模様はこの作品とほぼ同時期の作と推定される東京国立博物館蔵重要文化財紅白段草花短冊八橋模様にも見られるが,J術兵に反橋と家形を表す後者の模様は、この縫箔が桃山時代の染織品では唯一の例であるように思われる。これらは絵画の画題としての八橋・住吉の歴史や漆エ・金工など他の工芸意匠におけるこれらの展開との関係において興味深い問題点を含んでいる。-277_

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