本研究の素材は写本挿絵が中心となる。聖書の挿絵は,それが基づ〈一貫したテキストが存在することによって本来的に説話的性格を有するものである。挿絵が聖書テキストの平板な説話である場合は問題の解決は容易である。だがこのような場合はむしろ稀である。それは聖書の記述が極めて簡潔であるというテキストの側における根本的な理由によっている。パトロンをむ写本制作者は,聖書の簡潔な記述を視覚的イメージに転換するために,時に正典外のテキストや口承伝説の中に正典の記述を補う素材を見出し,時にの中の関連箇所や聖書註解により,或いは典礼や説教や,制作地の特異な地域性,またパトロンの特異な指示に基づいて制作を行なった。このようにして,後代の観察者からみると,聖書正典テキスト以外の多種の要素が多様に混入した,図像学的にみて極めて難解なイメージの数々が成立したのである。このようにテキストの忠実な説話を越えて高度に修飾された図像に対しては,政治史,教会史,教理史その他,同時代の様々なコンテクストを考慮に入れて描かれている場面そのものと,個々のモティーフを解き明かしていかなければならない。取り扱う作品に先行して図像類型の伝統がある場合は,モデルの同定の問題がある。聖書の挿絵には,初期キリスト教時代に創造されたと考えられ,後代に継承され,中世を通じて種々の作品の制作に際してモデルとして使用された複数の作品群が存在する。これらの各々はrecensionと呼ばれ,各作品がどのrecensionに帰属するか挿絵の図像学の重要な問題である。他にもモデルは多種多様に存在し,広範囲の作例の検索によってこれを明らかにしていかなければならない。聖書正典外の要素についてはその素姓を明らかにしなければならない。あるものは初期のモデルにおいて既に存在し,あるものは後代に混入する。これらの過程を各時代のコンテクストによって解明しなければならない。このような作業によって,聖書写本の図像学は,挿絵のテキストと基本的なモデルと付加的な要素の図像を解読することを目標としている。だがその研究成果はひとつの美術作品の記述の完成にとどまらない。本研究によって,同時に,作品を取り巻く時代の政治史,教会史,神学史,典礼史,文学史,文化史,社会史等が作品に関係する限りにおいて明らかにされ,最終的には聖書図像の解読を通して時代の精神へと迫ることも期待される。自身_ 17
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