鹿島美術研究 年報第7号
34/312

③ 日本近世初期絵画における中国宋元画受容の研究研究者:東北大学文学部助手長岡由美子研究目的:日本美術を語る上で中国美術が分野を問わず各時代毎の多種多様な影響を与えていたことは前項に記した通りである。本研究は近世初期における日本の中国絵画受容の実態を,現存する作品の比較検討に基づいて明らかにしようとするものである。特に日本では海北友松,長谷川等伯,狩野永徳,山楽,雲谷等顔ら近世初期桃山画壇の巨匠に焦点をあて,また中国では日本絵画への影響をあまり評価されない李成や郭煕らの北宋絵画を中心に,南宋から元にいたる間の馬遠,夏珪,梁階,顔輝,孫君択らの作品を観察し,そこにみられる様式,技法,モティーフ,図柄などについて類似点,相違点を明確にしつつ日本絵画における中国画の影響の実態を分析する。宋元画は,その遺品の少なさに加えて中国本土から海外,特にその大多数が台湾,アメリカヘと流出してしまっているために我々が直接豊富に見る機会が少なく,日本絵画史研究において,その比較対象となってきた作品は,幸いにも唐物として日本に伝存され珍重されてきたものにのみ依拠する場合が多かった。しかし日本に輸入されて後,既に失われた作品の多い事実を鑑みれば,それのみに促われることなく,海外に残る中国画に対して積極的に鑑賞を行い,より実感的にこれを把握する必要を痛感する。元信以後,狩野派の絵画様式が当時の主流として浸透していた中で,そこから一歩抜きんでて巨匠とされた桃山の画家達は,特定の筆様を求める以外に複数の中国画の要素をその時代や画家の別を越えて一つの画面中に摂取している。近世初期という時代の絵画に目を向ける理由もここにあり,友松や等伯ら,或は狩野派そのものに新風を吹き込んだ山楽らが,狩野派の粉本に飽きたらず,様々な中国絵画に直接遡って学んでいる跡が作品から窺われるのは実に興味深い。画全体を夏珪,馬遠,牧癸谷や玉澗というような中国の特定の画家の筆様をもって模倣する意識とは異なって,種々の中国絵画のモザイク的な受容を経た後に,彼らがいかに独自の画風を形成していったかという点について具体的に考察したい。-18-

元のページ  ../index.html#34

このブックを見る