え方はいまだ支配的である。しかし,モネにとっての風景画の意味は,60年代における人物画からの移行ぬきには考えられないであろう。そして,人物画においてより鮮明になる時間的矛盾こそが,リアリズムととらえられがちな印象派の絵画に潜んでいた新しさを解明する手がかりとなるのではないだろうか。⑲ 柳宗悦と民芸に関する研究研究者:三重県立美術館学芸員土田真紀研究目的:柳宗悦自身は東京生まれで,その生涯も三重県と特に深いつながりをもってはいないが,宗悦の父楢悦は,幕末に数学者として知られた藤堂藩の藩士であり,その意味で三重県ゆかりの人物といえる。そのため,三重県立美術館では,数年前から柳宗悦と民芸をテーマとした展覧会の開催を予定している。本研究は,その基礎研究となるものである。柳の民芸を捉える視点として,これまで主として柳の思想全体のなかで民芸を考え,位置づける方法がとられてきたように思われる。これに対して本研究は,より広い視野に立ち,工芸運動の一つとして歴史的な観点から民芸を捉える方法をとりたい。体的には,アーツ・アンド・クラフツ運動など,19世紀の後半から20世紀の初頭にかけてヨーロッパで繰り広げられた大規模な工芸の改革の動きと比較することが有効であると思われる。実際,柳はしばしば自らの先駆者としてラスキンやモリスに言及しており,その関係は非常に深いと予想される。しかも彼は,その影響を受けつつ,批判的に自らの工芸理論を構築していったと考えられる。したがって,そうしたヨーロッパの動きとの比較が,柳の民芸思想の独自性を一層明確にし,さらには柳の思想全体をも逆に照射する視点になりうると思われる。推測ではあるが,柳は民芸を通じて西欧の近代と真っ向から対決したのではないかと考えられる。したがってその研究は,日本近代美術史の別の側面を明らかにすることになるのではないかと予想される。⑲ 岡倉天心のポストン時代_米国における初期日本美術紹介とその意義一一—研究者:上智大学比較文化学部非常勤講師石橋智研究目的:-39
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