鹿島美術研究 年報第8号
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①について胡粉による輪郭線をともなった群青のすやり霞の使用は15世紀にはすでに一般的である。しかし,釈迦堂縁起におけるすやり霞の表現は,その画面構成に果たす役割に特徴がある。ここで用いられるすやり霞の表現上の大きな特徴は,画面を斜め方向に分節化する場合が多いことである。それによって,基本的に左方向に展開する絵巻物の直線的な動線に上下の視点の移動が加えられることになり,単調な画面に陥ることを防いでいる。それと同時に,このような斜め構成とでもいえる構図法を利用することにより画面に奥行きや遠近感を生み出すことに成功している場面も指摘することができる。さらにこの絵巻の場合は,画面上方が天上界,下方が下界という意識で捉えられている場面があり,そこでは,斜めの方向性が天上界と下界との間を結ぶ動線として設定されることになる。また,画面における斜めの方向性は,すやり霞の表現によってのみ獲得されているのではない。時間的に近接する出来事を表現する際に用いられる異時同図的場面における建物,階段および画中人物の視線によってもそれは表現されている。このようなすやり霞あるいは建物の線などを用いて画面に斜めの分節化や方向性を生み出す表現は,同じく狩野元信筆と考えられているサントリー美術館所蔵の酒呑童子絵巻にも認められるものであり,それが元信の絵巻形式における画面構成上のひとつの特徴であるということができる。このように斜めの方向性を多用した表現は,単なる描法,表現のレベルではなく画面構成にかかわる問題である。そしてそれが,釈迦堂縁起だけでなく元信の伝承をもつ作品に共通し,しかも他の絵巻作品には認められない要素であるということは,これを元信の画面構成における個性と考えることができることを示すのではないだろうか。したがって,次に必要な作業は,元信が絵巻物という形式においてこのような構成をとった理由,いいかえれば,斜め構成の多用という様式的個性あるいは画面構成の特徴を形成した原因を考えることである。元信画における斜め構成は,絵巻物よりもむしろ掛軸,屏風,襖絵において従来から指摘されてきた。それは,基本的には画面を対角線で区分するかたちで,近景と遠を描き分ける構成である。これは,宋元水墨画に源を発する「辺角の景」といわれる構図法に影曹を受けた構成であると考えられるが,この「辺角の景」を、空間意識80 -

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