では次の三種のものに当代における光吉作品の有様が看取される。これを二つの画帖と比べてみたい。光吉作品の特徴として一目瞭然なのは人物の容貌にある。ことに庶民の男性には独特の野卑な表現があり,眼はギョロ目で,小鼻と頬の境に跛を数本入れ,無骨さを際だたせている。一方,貴族の容貌にも特徴がある。輪郭は額から頬,頬から顎にかけて二つの弧をえがくやや長めの顔で,その輪郭は画帖,屏風ともに共通している。ただし目は源氏画帖に見られる引目と異なり,大画面作品では上瞼を墨線で孤形に描いて強調し,下瞼は淡く細い線を引いてくくり,中心よりどちらかに寄せて丸く点眼する。口は丹色のおちょほ‘'口で上唇は二つの山型で表し,口は結ぶもの,やや開けるものなどある。これら目の開き加減,口元,頭部の微妙な傾きによって,人物の個性を描き分ける。鼻は画帖,屏風ともに鉤鼻ではなく鼻頂をやや丸くくくるが,これは光則が鼻を鉤鼻として鼻頂をとがらせるのと対照的である。目鼻の位置は既知のように光則作が左右の目と口を結ぶと正三角形になるのに対し,光吉は二等辺三角形になることで,光吉と光則は容貌表現において顕著な違いがある。また貴族の女性は賢の一部として頬の側面に三本の細い垂髪を必ず入れている。大樹は大きなカーブを描いて曲がり,その根元は象の足のように太く三又,二又などに分かれる。幹はベタ塗りで点苔を付すが,やや立体感に欠け,切り絵を貼ったような趣がある。岩はぼこぼことした丸い輪郭線を幾つも持ち,これを前後に重ねて岩塊を作り,彩色は緑青を下地として墨で跛をかき,岩の頂点には群青,金泥をはく。数は少ないが茶の彩色を施したものには,極って金泥線を輪郭線に沿って内側に何本も重ねる。これら樹・岩の形態とも,その原型は室町期の大和絵屏風に現れているものの,その相違は大きく,光吉のそれはより平面的で装飾性をおびている。画面構成も緊密で,余白を多く残さず,諸物の文様も細緻である。また金雲構成は金地と金雲を常に明確に区別し,その上,地に赤金,雲に青金の切箔などを施すことで一層明確化する。また金雲にまじえ数箇所に金箔押しの細いすやり霞を入れることで変化を出す。この金地のすやり霞の使用は光吉の画帖,屏風の作品を通じて見られるが,光茂はじめ室町末期の土佐派の屏風作品には見出せず,ましてや狩野派にもなく,光吉作品に多い特徴的なものである。一方,室町末期の大和絵系屏風作品に常套であった金磨付けや雲母引,銀の大幅な使用は光吉作品になく,これは狩野派をはじ① 京都国立博物館本「源氏物語図屏風」<旧本出家本〉六曲一双-84-
元のページ ../index.html#108