めとする桃山の障屏画に共通する新様式をもっている。さらに従来あまり注目されなかったことは,細線で神経質そうに見える描線が,子細にみると骨太で筆勢があることで,このことは細画,大画を問わない。これはおしなべて繊細な線を引く光則や長二郎など光吉門人と全く異なる最大の相違点であり,桃山の最盛期を生きた画人にふさわしい,一種の気宇の差のようなものが看取される。以上を光吉様式と言えるのも,これらの人物の表情,岩や樹木の表現は,この時代の大和絵作品の幾つかに継承されていることが指摘できるからである。ことに①は光吉様が顕著に表れており,画趣もおおらかさがあり,国内では光吉の基準作に値するものである。② 鎌倉•U家本「源氏物語図屏風」二曲一隻広義には光吉の作品の中に含まれてきたものである。確かに人物の形態,楽人の表情,文様,岩塊,樹木などは軌を一にするものの,光吉との違いは特に賞人の顔の輪郭線に指摘できる。それは肥痩のない均ーで形式化した線であり,筆意というものが全く見られない。このため子細に見ると,その表情は人形のように生命感のないものである。全体に画趣も堅く,おおらかさに欠け,別人の手になることは明白である。ただし,大きな違いは筆遣いにあるだけで,表面的なモチーフそれぞれには光吉様式の忠実な踏襲が見られるのである。これを光吉の工房作とするか,周辺画人の一作とみなすかは,この時代の土佐派系画人それぞれの個人様式の検討を待たねばならぬだろう。このような光吉の工房,または周辺画人(光則を除く)の作とみなされる大画面作品として,サントリー美術館本「源氏物語(賢木)図屏風」二曲一双ー,東京国立博物館本「源氏物語(明石・蓬生)図屏風」六曲一双などがあげられる。③ 兵庫•Y家本「源氏物語図屏風」六曲一双未紹介の作品であるが,人物の表情,岩・樹木などの表面的な形には,光吉様を取りながら,形態把握や色彩感覚,描線の性質などは全く別種のもので,構成もやや弛緩する。このような違いから,これを光吉工房とは無関係の画人が光吉様式を模して江戸時代に入ってから制作したものとみなされる。この種の作品はまだあまり類例が,兵庫•Y家本「源氏物語(帯木)図屏風」六曲一隻-85
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