鹿島美術研究 年報第8号
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べんちえんし⑥ 龍門北魏窟の研究—龍門北魏様式の形成における中国化の問題(1)龍門石窟(河南省洛陽故城南12km)(2)翠県石窟寺(河南省洛陽故城東44km)第1■ 4窟。(4)1匿師水泉石窟(河南省洛陽故城南20km)研究者:東京芸術大学美術学部非常勤講師研究報告:本研究では,5世紀末ー6世紀初葉にかけての洛陽龍門石窟の造像を中心に“仏教造像様式の中国化”について検討した。龍門石窟についての研究は今世紀初めより,フランス人のシャヴァンヌや日本人の学者を中心にさかんとなり,1941年に刊行された『龍門石窟の研究』(水野清ー・長廣敏雄共著)は当時の最高レベルを示している。しかし,その後半世紀を経た今日,中国では数多くの石窟や寺院址,陵墓等が発見され,様々な出土遺物が紹介されるようになり,龍門石窟においても中国側の詳しい調査が進められる中で,龍門研究も新しい段階を迎えようとしている。本研究では現地調査を主としたか,龍門石窟の現状は長い年月の間の自然の風化に加えて,近年の心ない人々による破壊行為で壁面の彫刻は甚だしく傷つき,剥ぎ取られて痛ましい限りである。そのため,こうした破壊箇所を補うために,古い写真や拓本,さらに現在日本や欧米の美術館に所蔵されている断片の調査もあわせて進めている。本研究では1990年8月に下記の石窟寺院を見学・調査した。古陽洞,賓陽中洞,蓮華洞,魏字洞,皇甫公窟,普泰洞,他小寵多数,庫内断片。(3)濁池鴻慶寺石窟(河南省洛陽故城西60km)1窟。(5)南京棲霰寺石窟(江蘇省南京市東20km)大仏窟。以上のうち(1)■(4)の見学・調査については龍門文物研究所の特別のご好意・ご配慮を賜って実現した。そこで,本報告では研究成果の一部として,龍門古陽洞内の菩薩像のうち中国古来第1■ 5窟,陳列館内石刻。松日奈子-91

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