ーはそのデッサンで様々なポーズの研究を重ねており,踊るサロメの水彩に採用された,ほぼ正面を向き片手を挙げるポーズに対しては,モローが番号こそ挙げてないが,閲覧したものと近番号のBNのアルバム『インドの装束と風習』(Od.32)によく似た舞姫の図を見いだせる。更に《ヘロデ王の前で踊るサロメ》ではサロメは顔の前に花を掲げているが,数多くのデッサンから,モローがかなりこのポーズにこだわっていたことが判る。花や葉などの植物を掲げる人物像はモローの非常に気に入っていたもので,既に1856年に制作された《アポロンとミューズ》にも認められるものだが,特に前述した《ペリ》と《ヘロデ王の前で踊るサロメ》では,共にうつむきかげんの女性がちょうど花の匂いをかぐようにしているところを横から捉えている。このような女性像はモローの閲覧したBNのアルバムの中に頻出するが,特に『インド神統記』またサロメやヘロデは特徴的な丸くて高い冠を被っている。古代エジプトの女性像を基本にしてサロメの被りものを作っていく具体的なモンタージュの過程に対してはデッサンでつぶさに追うことが出来るが,これは,画帖『東洋研究』の中に揺かれているシヴァ神像(Des.12747-1, 8, 48)が原型となっているように思われる。実際サロメのデッサンの中には「シヴァ」という書き込みがあるものも存在する。画面右に立ち,剣を捧げ持っている刑吏のポーズは,デッサンの中でもあまり変化せず,初めからかなりイメージが固まっていたもののひとつと思われるが,このポーズは同じ画帖の中に含まれる不動明王像(Des.12747-35)に見出すことが出来る。画面の隅には黒豹が賠っているが,これも前述したBNのアルバム『インドの装束と風習』(Od.32)に,同じ様に路る犬の姿を見出すことが出来る。モローのサロメの中にはサロメに黒豹がじゃれつくようなものも見られるが,こうしたパターンも同じアルバムの鹿と遊ぶ少女にその例が見出せる。次に《出現》であるが,この作品の構図は《ヘロデ王の前で踊るサロメ》を原型にしながら,出現したヨハネの首のためにその構図を変形したものだと考えられる。この空中のヨハネの首という,他に例を見ない図像には,これまではハイネの『アッタ・トロル』の一節に文学的なソースが求められてきた。しかしハイネが歌うのは,無邪気にヨハネの首を放り投げているヘロディアスであり,モローの作品の印象とはかなり差がある。私はこのアイデアは文学よりも寧ろ視覚的なソースに基づくものではないかと考える。(Od. 53)の中の一葉にその類似が甚だしい。-99 -
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