⑮ ローマカタコンベの図像学的研究ーミューズの人から教師としてのキリストヘ一研究者:名古屋大学大学院博士課程教皇庁附属キリスト教考古学研究所研究報告:今世紀初頭の研究者ヴィルペルト(Lepitture delle catacombe romane, 1903)以後,カタコンベ美術の組織的研究は,わずかしかない。しかも,カタコンベの考古学的地誌学的研究が高度に進むとともに,ヴィルペルトの年代決定自体,もはや受け入れることのできないものとなった。テスティーニによって,いくぶん修正されはしたが,ここであらためて,カタコンベ美術全体の年代決定を,考古学の研究成果をとり入れつつ,再考してみる必要があると思われる。最初に,本稿で扱ういくつかの図像の定義をしておくのが順序であろうと思う。まず,典型的な異教的(犬儒派的)哲学者のタイプ,つまり,髪とひげをのばし,パリオのみをまとって,胸をはだけ,巻物を手にした人物である。次に,トゥニカ・パリオ(あるいは,パラ)をまとい,巻物や楽器などを手にした軽々と身動きする男女の教養人のタイプで,いずれにせよ,異教的モチーフであるミューズや詩人のタイプから派生したものであり,死者の肖像である場合もあるが,もっぱら,生前の徳・教養を称讃するとともに,楽園のイメージをかもしだすためのモチーフである。第3番目には,椅子にすわって,ひたすら読書するトゥニカ・パリオの単独像で,異教美術起源であるが,キリスト教の石棺において,非常にたびたびあらわされ,練成された上,カタコンベ絵画においても取り上げられたものがあげられる。つぎに,異教美術において,おもにモザイクやモニュメンタルな画面,および彫刻の群像において,とり上げられていた,哲学者の討論風景,七賢人のモチーフから派生した,キリストと複数の使徒の授業・討論風景。さらに,この群像と似てはいるが,概念的には全く異なる,勝利記念・皇帝崇拝美術の影響のもとに成立した,「マエスタス・ドミニ」のタイプで,中心に置かれたキリスト座像の玉座,光背,正面観,スケールの違いなどによる荘厳化がなされているものである。最後に,コンスタンティヌス帝時代に考案され,バシリカのアプシスを飾り,四世紀後半に石棺において著しい発展をとげた,キリストからペテロヘの「律法の授与」の図像があげられる。このイデオロジカルな図像は,「鍵の授与」の図像とならんでカタコンベ絵画では,あまり取り上げられることのないまま,終ったのであった。宮坂朋-144
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