鹿島美術研究 年報第8号
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⑰ 19世紀後半のイギリス美術と日本の近代美術の関連性研究者:文化女子大学助教授藤田啓子研究報はじめに研究目的に従って,第一の研究目的とした19世紀後半のイギリス美術の特質を究明するために,19世紀後半のイギリス美術の中核をなしているラファエル前派の動向を調査研究した。その成果をまず記載することにしたい。現在においても問題となっているのは,ラファエル前派に対する定義が,決して明確にはなっていないことである。これは,ラファエル前派と名づけられるグループ活動が,人物を中心にするのか,あるいは年代を中心にするのか,についても諸説があって定まっていないことからも明白であろう。しかも,年代を採るにしても,いわゆる“ハード・エイジ”と呼ばれる形成期から初期の時代を本質的なラファエル前派とする研究者もいれば,ロセッティのもとに集まった若者たちによるグループ活動を中期ラファエル前派と見倣す研究者もいる。さらにはロセッテイ以後に制作されたロセッティ的な作品とその制作時代までを後期・晩期として,これらの時代をもラファエル前派に含む研究者もいるのである。従って,ラファエル前派の全容を解明するためにも,それぞれの時期の特質を明らかにする必要があると考えられる。1.形成期の特質と問題点ラファエル前派の特質を明示する手がかりの最たるものとして,ロセッティの弟ウィリアムによって記録された名高い定義があることは,よく知られている。この定義は,“第一に,表現するために,誠実な考え方を持つこと”,“第二に,自然を表現する方法を知るために,自然を注意深く観察すること”,“第三に,因習的で,自己顕示的で,機械的な方法によって修得したものを排除するために,過去の芸術に存在した直裁で,真面目で,心底からのものに共感すること”,“第四に,そしてすべてのなかでも絶対不可欠なことは,良き絵画と彫像とを徹底的に制作すること”の四項目から成立している。しかしながら,現在,ラファエル前派の独自性として評価できるのは,このうち一項目にすぎないと言わなければならない。すなわち,第二の定義であり,ここからラファエル前派は,何よりも'自然に忠実に'をモットーとしていたと考えられている。これに対して,その他の三項目は,決してラファエル前派の独自の定義とは言い難い。-153-

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